戦争中のこの世界、光を外に漏らすなんて許されない。光を漏らしたら敵に見つかって攻撃されてしまう。光を漏らせば、軍部に怒られるし、僕の信用にもかかわってくる。エリートである僕には、絶対に許されることではない。

 僕の名前は誠司。今は、会社の中で比較しても、そこそこ偉い立場で満州に単身赴任している。昔から勉強が得意で優等生と言われ続けてきた。僕は嫌いなことが二つある。一つは怒られること、そしてもう一つは謝ること。まあ、僕の周りには僕よりも優秀な人間はいないから、怒られる必要もないし謝る必要もないんだけどね。

 ある日、超エリートな僕に、とんでもない知らせが飛び込んだ。僕の家が空襲で焼けたらしい。それが、ただそれだけでは済まなかった。空襲があったのは夜だったそうだ。妻が光を覆っていなかったせいで、我が家から光が漏れていた。わが家への襲撃から始まり、街中は火の海になった。たくさんの家が燃え、たくさんの人が被害にあった。日本全国に被害が拡散しているのではないかと感じるくらいに被害は大きく計り知れないものであった。その怒りの矛先も僕ら家族に向いたんだろう。うちには四月に生まれた娘を合わせて六人の子どもがいる。我が子らは、街を歩けばどこに行っても「お漏らしの家族の子」だと笑われて馬鹿にされているらしい。婚約していた長男だって、相手のご家族にとても心配されている。これから我が子らがどんな活躍をしても、いくらお国のために貢献しても所詮は「お漏らし家族の一員」と思われ続ける。問題なのは子供たちだけではない。ずっとエリートコースを歩いていた僕の経歴にも大きく傷がついた。すでに僕の同僚たちの間では噂になっている。椅子に座ってふんぞり返って脚を組めば、陰で部下に「お漏らし短足爺」なんて呼ばれてしまっている。

妻は本当にとんでもないことをしてくれた。妻はうちから光が漏れていることにどう考えても気が付いていただろう。それなのに何も対策を取らなかった。あいつのことだし、町内会のお偉いさんから怒られたときに「これからは気を付けます」とでも言えば許されるくらいの認識だったんだろう。まさか、うちを発端に空襲を受けて、新聞に載るくらいのこんなにも大きな被害が起こるなんて予想もしてなかったんだろう。本当にどうしようもない妻だ。

うちの妻はよその奥さんと比較してとても扱いにくい。そのいちばんの理由は、家長である僕にすぐ反発するところにある。僕は家族のためを思って、世の中の情勢を見ながら、家族サービスをしている。子供たちがよりよく育つように、ほかの家庭と比較しても教育にもよく携わっている。妻はそれをとても嫌ってくる。それどころか、僕がやること成すことにすべて反対してくる。本当に鬱陶しい。妻は権利主張も強くて、この間なんて、僕が少しお小遣いをちょろまかそうと思ったら、裁判を起こすような勢いで抗議してきた。僕と比較すれば低学歴なくせに本当に生意気な妻だ。

 タイミングを見計らって、僕は一度我が家に戻ることができた。強い日差しが僕に突き刺さる。満州に渡って、お国のために懸命に働く僕に対して、頭の悪い近所の奴らが詰め寄ってきた。怒られることと謝ること、僕の大嫌いなことだ。家長である以上は仕方がないことであるが、脳みそが空っぽなこんな奴らに謝るのはとても納得がいかない。そもそも、僕は光が漏れていることなんて知らなかった。よく考えたら、うちが中心になって空襲を受けていたから、近所のアホどもが防空壕に逃げる余裕も生まれていたはずだ。真っ暗の中で無差別攻撃を受けていたならば、今ここで大声を出している低能は死んでいたかもしれない。おまえらを守ったのは我が家である。

 とりあえずは、テンプレートな謝罪を済ませた。本当の原因であり、悪いのは妻であることに違いないが僕が謝らないわけにはいかない。僕が謝るとアホどもからの追求が始まった。大声を出せばいいと勘違いしているアホ、的外れなことを言い始めるアホ、話を聞けば聞くほど低能なのがわかる。そう思いつつも、僕は脚を組みながら聞き流す。

 アホどもの追求が一通り終わりやっとゆっくりとできる時間がきた。僕はエリートでお金はあるからうちを立て直すくらいの余裕はあった。周りは廃材でできたようなボロ屋に住んでいたから、文句を言ってきたのはボロ屋とうちを比較した僻みもあるのだろう。本当に身の程を弁えろって感じだ。

 久しぶりに妻と六人の子供たちと再会。妻は僕の顔を見ると申し訳なさそうな態度を取りながら言った。

「私たちの注意が足りなかったせいでこうなってしまいました。お忙しいところわざわざお帰りくださってありがとうございます。これからどうしていくか考えていきましょう。」

僕は妻の無責任な態度に腹が立ってこう返した。

「お前が光を漏らしていたからこんなことになったんだ。悪いのはすべてお前だ。謝罪の言葉すらまともに言わず、そんな態度を取って恥ずかしくないのか。」

自身の問題にも関わらず二人の問題にすり替えようとする妻。何でこの家にいなかった僕が責任を背負わねばならないのか。悪いのは妻だ。僕じゃない。そんな面倒な責任を僕に押し付けないでほしい。こんなくだらない対応をするのなら、その時間で生まれたばかりの赤子の世話をしていたほうが有意義だ。

 問題はたくさんあるけど、子供たちが無事だったのは不幸中の幸いだった。子供たちには、将来は北欧のフィンランドへ留学させたいと思う。生まれたばかりの娘は本当にかわいい。世界史だけしかできない四番目の屁理屈坊主とは大違いである。僕はこの赤子のためなら何だってできる。こいつだけは意地でも世界に通用するような人間に育ててやる。そのためならいくらお金を掛けても痛くない。こいつのためならたくさんお金をかけて我が家を増築するよ。

 久しぶりに顔を合わせた子供たちだけど、これといった歓迎もない。僕の顔を忘れてしまっているのかな。絡んでくるのは世界史だけの鬱陶しい坊主だけ。この坊主以外のうちの子は比較的勉強熱心なんだよね。ほら、見ると娘はいつも必死になって漢文を勉強している。噂によると、娘は年中ずっと漢文に熱中しているみたい。家の中でも学校の中でも漢文の勉強。街の中央にある広い道路でも漢文の勉強。それで終わったかと思えば、今度はお寺の門の前でも漢文の勉強。次はまた中央の道に戻るのかな。何が彼女をこんなにも漢文に熱中させるのか、僕にはわからない。ただただ「いつも大変だね」と言葉をかけてあげるくらいしかできない。

 僕が再び単身赴任先の満州に戻ろうとしていたとき戦争は終わった。この国には何も残っていない。空襲によって焼け野原になった街並み。人々の生活も心の豊かさも何もかもが燃やされてしまった。戦争は終わっても、街が燃えたきっかけになったのが我が家であったという事実は消えない。お漏らしの家であり、お漏らしの家族である。この先、子供たちが会社に勤めるときもお漏らしの子と見られる。いくら勉強を頑張って結果を出しても、お漏らしの子。どうあがいてもお漏らし家族の一員として見られてしまう。小学校の先生になればお漏らし先生、いくら漢文を身に着けても、英語ができても、歴史ができても、比較文化してみても、バカロレアなんて語ってみても所詮はお漏らし家族の一員。「これから、赤子の娘を大事に大事に育てながらよりよい家族に立て直していきます」じゃないんだよ。息子が娘が今困っているんだ。一度貼られてしまったレッテルを剝がすことはとても難しい。地域の人には「新聞見たよ」といまだに馬鹿にされる。我が家が続いていく以上はずっと忘れられることのない大失態を妻は犯したんだ。

原因となったのは間違いなく妻である。僕は悪くない。夫としての責任って何だよ。僕が責められる意味が分からない。低能どもはすぐ僕に攻撃してくる。僕は本当に何も知らなかった。いちばん悪いのは妻であるのに僕が責められるなんて意味が分からない。

子供たちはすぐすぐ大人になって羽ばたいていく。我が家は子供たちの人生にとって通過点に過ぎないのか、僕のもとには誰も残らない。妻との関係も良いものではない。妻はとりあえず僕と共に生活しているけど、もっと条件のいい人に声を掛けられれば簡単に裏切るのだろう。僕と妻の関係には愛は存在しない。所詮はそのレベルの家族である。戦争が終わって、今が新しい日本へのスタート地点だ。長男が結婚してうちを出ていく我が家もまた仕切り直しのスタート地点だ。とは言っても、夫婦のまとまりすらない我が家。これから訪れる、未来への希望の光は決して漏れてこない。