今日もまた社長に酷使される。突然、残業が入ることなんて日常茶飯事だ。時には朝まで働かされて、そのまま次の日も働くなんてこともある。僕の仕事は冬が稼ぎ時だ。夏は仕事量が極端に少ない僕だけど、冬場の活躍を買われて会社から必要な存在認識してもらっている。冬場は僕がいないと成り立たないような会社なのに、僕は働きに見合った評価をされていない気がするんだ。それどころか、社長はなぜか全部の責任を僕に押し付けてくる。僕のせいで遅刻した、僕のせいで寝坊した、僕のせいで会社が散らかる、僕のせいで風邪を引いた…とまあ、あげていけばキリがない。どう考えても、僕はちゃんと任された僕の仕事をしているだけであって、何も悪いことをしていない。僕が働くから、社長は何も動かなくてもいい思いができるんだよ。そしたら、今度は僕が残業するせいで賃金が上がって困るだなんて言いやがる。本当に自分勝手な社長、ブチ切れてもいいよね、これ。

さすがの僕も頭にきてさ、耐えられなくなってさ、先輩社員に相談したの。そしたら、信じられない言葉が返ってきたんだ。「おまえが大変なのは冬場だけだろ?俺は年中無休で会社のために汗水たらして働いてるんだぞ。おまえはいなければいないで、ほかの奴を雇えば、必要がなくなる程度の存在なんだよ。同じような働きをできる奴はたくさんいる。俺とは違ってな。その程度で何で泣き言を言ってんの?そんなんじゃこの先、生きていけないよ。」だって。

そういえば、先輩は会社でいちばんブラックと噂の部署だった。先輩の中ではブラックなのが普通になっている。そして、最悪なのがこのブラックな価値観を周りにまで押し付けてきやがる。うちの会社、普通に考えてまずいだろ!

先輩は確かに仕事ができる。先輩の働きがなかったら、隣の部署は絶対にうまく仕事が回らない。だから、あの先輩には誰も逆らうことができないんだよね。だって、先輩が仕事をやめてしまえば、あの部署は終わりだからね。先輩ほどタフに毎日働けて、ちゃんと仕事をこなせる社員はうちにはいない。だけどさ、先輩がずっと仕事をこなすせいで、ほかの社員も働かないといけなくなるし、働くことが当然のこととして認識されてしまうと思うんだ。少なくとも社長は僕ら社員が働くのをやめたら生活できない。僕らが力を貸してあげているから、社長は生かされている。僕らが働かなくなったら社長の生活がどうなるのか見てみたいよね。あー先輩もこれくらいの気持ちで働いてくれればなぁ。

とても寒いある日のこと。外は大雪で僕はいつも以上に忙しかった。僕が必要とされている喜びは確かにある。だけど毎日毎日こき使われる生活に嫌気がさしていた。事件はそんな中で起きた。突然、停電が起こった。さすがの僕もこれでは仕事はできない。僕は働くのを一旦やめた。もちろん、ほかの社員も働かない。最後の最後まで仕事をこなそうとしていたあの先輩ですら動きを止めた。そのまま社員で一斉にストライキが始まった。今まで散々社員をこき使った社長は賃金を賄えずに困っている。僕が働かないから、社長が寒さに震えている。先輩も働いてないし、食べる物がなくなるのも時間の問題だろう。でも、社長にはどうすることもできないんだろうね。所詮は、立場と金で僕らを黙らせていただけの「人間」。僕たちが働くことは当たり前と勘違いしている「人間」。結局は、何の力を持っていない、弱い弱い存在なんだ。

しばらくして、また電力供給が回復した。さすがの僕ら社員も、状況がつかめず不安になっている社長の娘の泣き顔は見たくない。僕たちはいつも通りの業務に就いた。そしたら、気持ち悪いくらいに社長が急に優しくなった。「社員の働きを当たり前に思っていたことを反省しないと」だとか、「社員に感謝」だとか、「失ってみて社員の大切さがわかった」だとか調子のいいことをほざいている。社長のことだし、今の気持ちなんて時が経てば波にさらわれていくんだろうね。その前の記憶なんてなかったことにされてしまうんだよね。冬に起こった大きな記憶だって、春に新しい大きなものが生まれたら、記憶は上塗りされて消えてしまう。所詮はそんなもの。同じことはまた繰り返されるんだ。

 大きな雷が鳴って、また停電した。雷の後には雪が積もり始めた。当たり前のようにこき使われてきた僕ら社員の身体はとうとうこの雷にやられてしまったようだ。雷が落ちたせいで、誰一人としてもう動けない。いくらお給料の支払いを再開してももうダメ。そう、僕らは社長に対して徹底的にストライキをすることに決めたんだ。僕らは社長の奴隷なんかじゃない。でも、社長に採用してもらっている以上は仕事で結果を出すのは僕らの仕事だ。だけど、その頑張りを当たり前だと思ったら、人間は終わりだと思うんだ。採用を求めるたくさんのライバルの中から、僕らの能力を評価して、社長は僕らを社員に選んでくれた。それはとても感謝している。だからこそ毎日頑張っていた。人間がこうやって普通に生きているって、当たり前じゃないんだよ。たくさんの人や物に支えられているからこそ、生活が成り立っている。対価を払っているのだから、働くのは当然って考え方は人として絶対に間違っている。冷蔵庫があるのは当然のこと、洗濯機があるのは当然のこと、炊飯器でご飯を炊いて、コタツでパソコンを打ちながらうたた寝してしまう。そのうたた寝する社長を朝まで照らすのは明るい電気灯。当たり前の生活は、当たり前を支えるたくさんのものがあってこそ成り立っているんだ。

 大きな雷の後から働かなくなった社員たち。さすがの社長も焦り始めた。電気灯はつかず、テレビもつかず、ろうそくの僅かな光で団を取りながら、おなかをすかして泣く社長の娘。社長の娘が僕のところにやってきたけど、僕は冷たい態度を取り続けた。あの先輩はこういうときばかり「あたたかい」態度を取っていてちょっと腹立つけど、それがいつもは冷たい先輩らしさかも。今更、社長が何を言おうが僕らは働く意思はない。社長が路頭に迷ったって僕らには何も関係ない。社長の娘だって、やっぱり甘やかしてはダメ、将来、社長のような恥ずかしい人間に育ってしまう。当たり前の奪われた苦しみを身をもって体感させるべきだ。そうこうしているうちに社長はブチ切れてスマホを取り出した。だけど、雷が落ちた時にスマホもコンセントにつないで充電していたんだろうね。スマホもダメになっている。外に助けを求めようにも、大雪で出られない。社長は娘のいる、冷たいコタツのもとにやってきた。そこで、働いてくれない社員を横目に、震えながら新聞の折り込みチラシを眺めていた。

 僕ら社員は解雇された。会社は従順なピカピカの新入社員が買い揃えられたらしい。社長は新しい社員を気に入っているようだ。僕らが座っていた席には新しい社員が座り、僕らはゴミ捨て場に追いやられた。「ちょうど替え時だったんだよぉ」と上機嫌な社長に選ばれた、新入社員たちはそれぞれの仕事を必死にこなしている。僕らは所詮、使い捨ての社員である。それは新入社員だって同じことだ。当たり前のようにずっとこき使われ、ダメになればゴミ箱行きだ。過去にどれだけ会社に貢献しても、貢献できなくなればその時点でクビにされる世界だ。使い捨てを当たり前に感じている人間ってとても悲しいことだと思う。それぞれにそれぞれの良さがあるんだ。代わりになるような存在はたくさんいても、全くをもって同じ存在はあり得ない。一人ひとりのよさをもっと大事にしてほしい。そして、その良さをもっと引き出してほしい。聞こえのいい言葉を並べるのはとても簡単なこと。聞こえのいい言葉は実践してこそ意味があるし、その実践がとても難しい。せめて、当たり前にありがとうの気持ちくらいは持ちたいよね。これからの人間が春を迎えられるためにもね。