方丈記のこと
昔習った鴨長明の『方丈記』の冒頭、覚えていますか。少し長いですが引用します。
ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。
世の中にある人と栖すみかと、またかくのごとし。
たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争える、高き、賎しき、人々の住まいは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋
ぬれば、昔ありし家はまれなり。或は去年こぞ焼けて今年作れり。或は大家亡びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変わらず、人
も多かれども、いにしへ見しひとはニ三十人か゛中に、わずかにひとり二人なり。朝あしたに死に、夕べに生まれるならひ、ただ水の泡に
ぞ似たりれる。
書かれたのは、今から818年前の1212年、鎌倉時代の初期。だが書かれている実相は今も変わらない。
明治維新で財を成した貴族たちの豪邸は、戦災後、財産税で広大な邸を維持できず分割されて売りに出され、戦後の東京の大家は小家となり、マンションのコンクリート・ジャングルの乱立状態となる。
また東京は政治の中心、経済の一極集中により、人口も集まり過ぎて、仕事や文化の集中とは反比例に人間関係は冷たくなる。それだけではない。遺産相続で大家は売られて分割され、だんだん家は小家となる。マンション住まいとなる。
さらに東京は人が多すぎて、出世する一部の人を除いて、大半は押しつぶされるか、吐き出されてしまう。それがコンビニ強盗になったり、連続殺人のような人間を生み出してしまう。家族で互いに支えあう人間としての務めを壊している。
核家族化は、先祖の苦労されて築いてこられた財産を小口に分化されて、子孫は先祖の中高層級から低層階級化へと進んで行く。
今後の100年間を展望すると、東京は住みにくい都会になるのではなかろうか。
再び言う。汝いずくんぞ田園に帰らざる。子孫のために原点復帰を果たすのだ。田舎ののびのびした、緑あふれる森や林、清い流れの川で、少年時代を過ごすことの出来る子供は幸せだ。田舎こそは子孫に偉大なる人物が輩出する土壌である。明治時代と同じように!。