万葉の女人7ー菟羅=芦屋処女
前項の葛飾の真間の女と同じように、二人の男に求婚され、 悩み果てた末死を選んだ処女の話は関西にもある。有名な菟原=芦屋処女である。万葉集の高橋連虫麻呂の長歌9-1809に出て来る。
彼女は8歳のまだ子供の時から、髪が伸びて束ねる頃まで、外には出ずに家に籠っているので、見たいという人が人垣を作って家の前に集まっていたが、その中で血沼壮士ーちぬのをとこーと、菟原壮士ーうはらおとこーの二人が、互いに争って求婚し、刀と弓矢で決闘せんとした。その時処女は母に向かって、「私のような者に、二人の立派な男が争うのを見ると、たとえ生きていても結婚出来ません。いっそあの世でお待ちします」と死を選んでしまった。
その夜、死んだ処女が、血沼壮士の夢に出て来てたので、彼も後を追って自殺し、残った菟原壮士は天を仰ぎ、叫びわめきながら地団駄を踏み、剣をもって後を追った。三人が亡くなった後、親類縁者が集まり、後の世まで語り継ごうと、処女墓と二人の男の墓を造って弔ったという。
芦屋の菟原処女の奥津城ーおくつきーを 行き来ーくーと見れば音ーねーのみし泣かゆ 9-1810
墓の上の木の枝なびけり聞きしごと 血沼壮士ーおとこーにし寄りにけらしも 9-1811
菟原は今の芦屋市の海岸地帯、血沼は大阪湾南部和泉地方。二人の男が一人の女を争って決闘する、どこでもある話だが、芦屋乙女は死をもって二人の男に答え、二人の男も女に殉死する・・・
語り継ぐにふさわしい逸話である。
大和物語や能「求塚」に語り継がれているが、芦屋乙女の墓は阪神電車石津川駅の南にある。
勿論昔のこととて墓の信憑性は分からない。
乙女塚古墳








