とんがり帽子の時計台 | 閑話休題

とんがり帽子の時計台

 歳を取ると、幼い頃のことを時々思い出す。私のふる里は三方を小山に囲まれた、大阪近郊の田舎であった。友達も大きな家に住んでいるのは数えるほどで、殆どは小さな貧しい農家か商店であった。それに関係なく子供たちはよく遊んだ。喧嘩もしたし、いじめにもあった。滅多にないか大きな怪我をした時でないと、親は出てこない。喧嘩した相手も翌日は互いに仲良く遊んでいる。子供の世界である。

 

 皆示し合わせて、放課後虫取りや小魚を取りに、季節になればホタルやトンボ、櫟林にカブトムシを取れに行く。喉が渇いたら畑の葡萄を千切って食べる。畑の大人が見ているが見逃してくれる。子供の特権だ。村人もそのように育ててくれた。

 しかし上級生になると落ちついて来る。虫取りは卒業だ。旧制中学に進むのは少人数だが、遊びを減らして勉強せざるを得ないし、今までの遊びの友だちも次第に離れて、親しい友だちの交友も限られて来る。その一人にB君がいた。

 

 彼は我々の住む村から離れて、大きな川を隔てた対岸の小山に、とんがり帽子の時計台のある、孤児院の施設の中の職員住宅に住んでいた。施設は広々として、樹木が綺麗に植えられて、私の住む町中とは別世界であった。

 お母さんがその施設の管理指導員だったのだろう。キリスト教信者のおかあさんで、遠くから訪ねてくれた私を喜んで、手作りのクッキーを作ってもらった。その頃は家ではなかなか食べられない物であった。

 友は背が高くすらっとした男で、学業も僕と競い合っていた。あまりこせこせせず、子供のくせに大人ぶっていた。お父さんは自転車で30分ほどかかるセルロイド工場の技士のようで、彼の家には映画の古くなったフイルムが沢山あり、お土産に私にもくれた。時代劇のチャンバラ映画であった。かし薄暗い家の電灯では、一コマ一コマを拾えても、全体の筋書きが見えず、結局面白くもなく捨ててしまった。

 
  緑の岡の赤い屋根 とんがり帽子の時計台 鐘が鳴りますキンコンカン メーメー子ヤギも鳴いている・・・

 

 彼はこの映画の主題歌の孤児院の管理者の子供であったその後彼はどうしているのだろう。もう何十年も会わないが、彼のことを思い出すと、あの川向こうの丘の孤児院の風景が、今でも私の瞼に浮かんでくる。