近鉄と阪急。いづれも大阪の二大私鉄の話である。
近鉄は佐伯勇氏が中興の祖となり、伊勢志摩・名古屋・奈良・吉野・京都線と、近畿の大交通網を造り上げた。阪急は創業者小林一三氏が神戸・京都・宝塚の沿線の住宅開発で、大私鉄に成長した。
ただ代が変わり、時代が変化すると、線路延伸よりも、副業の百貨店の流通の拡充に重点が置かれるようになった。阪急だけは小林一三の影響からか、企業風土も東京風に染まっていて、関西色は少ない。宝塚歌劇団もそうである。だから営業利益追求を最優先するため、採算の見通せられない分野は、どんどん切り捨てて行く。
明治・大正期の昔の大経営者は、本来の事業の利益追求の外に、社会に文化的貢献することを会社の誇りにしていた。住友は中の島図書館・美術館の新設に協力して、大阪の文化向上に貢献をした。また近鉄は歌舞伎座の誘致に寄与している。それに阿倍野のハルカスでは、人寄せとはいえ、階上の展望台のほか、文化芸術の展示会場に会場スペースを提供して、大阪の文化向上に貢献している。それに反して梅田の阪急は極端で、商業スペース最優先で儲からない文化的事業は拒んでいる。新しく出来る阪神百貨店のビルに、文化の香りを漂わす施設が出来るのだろうか。
近鉄の中興の祖、佐伯勇氏のことだが、私は佐伯という氏の名と、彼の風貌に弘法大師を見る。
下の三人はいずれも讃岐の佐伯氏出身で、三人とも同じような卵型の顔つきである。
弘法大師 従弟の円珍ー三井寺開祖 近鉄佐伯会長
どうも日本人の顔つきというよりも、異種人型に近い顔つきである。古代佐伯氏は大伴家の分流とされ武門の兵と言われるが、司馬遼太郎さんの「空海の風景」が指摘されているように、蝦夷の俘囚が
朝廷に収用されて、畿内各地に分置され、中央の佐伯氏の部民となり、佐伯部を名乗った子孫たちで、東北人のたくましい血を受継いでいるように思われる。三人は文化(宗教)と鉄道の異才であった。


