自分がブログ上で何度も引用している「るろうに剣心伝説の最期編」の反日シーン、どういう物か
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もう少し詳しく書いた物です。
「不屈の男アンブロークン」は反日映画!?
【スクリーン雑記帖・予告編つき】
「不屈の男 アンブロークン」は反日映画なのか? 気になった“問題のシーン”
P5
「削除されたシーン」には米兵捕虜が日本軍兵士に食われる場面はなかったが、本編にとても気になる描写がある。捕虜になったザンペリーニが連行された島の独房から初めて外に連れ出される場面だ。彼がそこで断片的に目にするのは、大ナタ数本と転がっている幾つもの“丸い物体”。一瞬“頭蓋骨だ!”とゾクッとした。
何度か見直してみると、どうやらヤシの実らしい。「らしい」と書いたのは、一瞬なので判別が難しいのだ。ザンペリーニは後日、全裸になって座れと命令され、号泣する。“処刑される”と思ったのだ。なぜそう思ったのか。ナタと“丸い物体”を見ていたからだ。そこに「日本人は人肉を食う」というミスリードはなかったのか?
↑この記事は名前は忘れたのですが、何かのネット記事でアンブロークンが反日映画ではないか?と疑惑を持ち、その部分を指摘した部分なのですが・・・。
即ち記者は「転がるヤシの実」が「日本軍の食人の暗喩」=反日だと推論している訳です。
では比較として、るろうに剣心伝説の最期編の以下のシーンを観て下さい。
場面1 三笠のようにしか見えない艦型の巨大な戦艦。罪の無い漁民をバンバン撃ちまくります。
(参考
明治11年 二等戦艦・扶桑竣工、40口径15センチ短装砲を分散配置する。煙突1、マスト2。
明治35年 戦艦・三笠竣工、30センチ連装砲を中心軸上の前後に配置する、舷側に多数の副砲を持つ。煙突2、マスト2
中心軸上に回転式の主砲塔を配置するのはとてもモダンな手法です。もちろん明治初期には存在しません。)
(違う場面が複数続きます)
戻って、
場面2 菊花紋章を揶揄したような旗を掲げる悪役
場面3 招待された警察、政府高官、伊藤博文公が肉を食事。
伊藤博文公
場面4 悪役がワインをすすり、肉を喰う前面に猿?らしき小型の頭蓋骨
関連:NHK大河ドラマ龍馬伝「岩崎弥太郎の異常な死の表現」
前出の引用記事によれば、 西洋には「凶悪日本軍は敵兵の人肉を喰う」という悪意ある伝説があるという。そしてそれが「反日捏造のジャンル」として存在するらしい。
インディジョーンズシリーズに「猿の脳」を食べるシーンがあるが、それは明確に猿と判る演出がされている。しかしこの映画の一連のシーンの連続、警察、政府高官がステーキ肉を殊更頬張るシーンを強調して(と自分は感じた)、その直後に小型のサル?の頭蓋骨を割と長めに映す。それに何等かの意図を感じないだろうか。さらに自分が不快なのは、場面に少し開きはあるが、三笠のような戦艦と、菊の御紋章のようなマークを掲げている事だ。(原作では甲鉄艦・東を巨大化したような戦艦。時代的には前述の扶桑の時期ではある)
総合して考えると、自分は「菊の御紋章=天皇もしくは保守派」を時代を越えて左翼が考える旧日本軍の様な「悪の軍団」だとし、それは人肉食の様な異常な戦争犯罪を犯す集団だ、という表意と考える。
これは以前の「戦国自衛隊の異常表現」
等と共通する物だと言える。
西洋映画アンブロークンは反日批判OK、日本映画はスルーの意味
ヤシの実?が転がる映画が反日かもしれない可能性があるのならば、これは一体どうだろうか?
所がほぼ日本国内では上記の様な反日偏向は批判される事は無い。何故か?海外映画はともかく、パチンコ化しかねない国内作品については「文化と政治は別」の美名の下、一切批判しない事になっています。また今斜陽となっている反日マスコミにとって、映画やDVDやブルーレイ等のエンタメ関連商品が大きな収入源になっているからです。
でもヤシの実が転がってたら食人の暗喩だと言えるのに、るろうに剣心伝説の最期編みたいにここまであからさまな反日が反日と言えない、その空気は何なのでしょうか??
またこれは、保守派と言われる文化人やメディアでもBTSの様な異常反日グループでもなかなか批判しない事とも関連しています。
公的な文化人やメディアは殆どが元左翼であり、戦前回帰していると言われる事、特に文化人という自負から、文化への批判が戦前戦中の検閲や思想弾圧だと批判される事を毛嫌いします。毛嫌いする以上に戦前の思想弾圧みたいだと言われる事を恐れています。
しかしこれは反日左翼の策略・術中にはまっている事と同じです。李下に冠を正さずという諺がありますが、もし李下にある時に、冠にスズメバチが侵入したらどうするのでしょうか?李下に冠を正さずと言ってスズメバチに刺されるのでしょうか?自分は戦前の様に思想によって文化を選別するつもりは毛頭ありません。しかし日本戦後特有の自国を憎悪をして悪辣に描き続ける文化はあまりにも異常です。誤解を恐れずこの事を主張する事は文化を尊重する事とは矛盾しないと考えます。
反日勢力の多くが、「お前はヒトラーだ」だとか「戦前の思想弾圧だ」とか「治安維持法の復活だ」とかとにかく滅茶苦茶な実態とかけ離れた誹謗中傷を行います。
そうした左翼の誹謗中傷を恐れるあまり、例えば反日作品への指摘・批判等、誤解を受けそうな行為に二の足を踏む事が保守派文化人には多いと思います。
旧弊を打破する為だとして、むやみに「悪ぶる」必要性は無いし、逆に左翼の誹謗中傷滅多打ちの為に行動を狭めるのもおかしい。
反日勢力は文化人が映画や芸術作品等の指摘・批判を避けている事を十分承知して、さらに悪意を重ねるのです。反日勢力に遠慮や反省という部分は一切ありません。