前回、クムリポのことを「難物」と書きました。専門書も持っているのですが、学者さんの本はとにかく難解で。自信を持って読みこなすことができないため、クムリポをうまく要約できないんです。
それでも今回の詠唱会のお陰で、その大切さや神聖さを肌で感じることができたのは幸いでした。一歩前進…ということにしておきましょう。
難解、でも私がクムリポに興味津々な理由は、1778年の出来事に遡ります。詳細は省きますが、この年、イギリスのクック船長がハワイ島のケアラケクア湾に到着。四大神の一人、豊穣の神ロノと間違われ、ハワイアンに大歓迎されたのは有名な話ですね。
ロノはケアラケクア湾から「いつか戻ってくる」と言い残し出航していったのですが、クックの船がこの湾に入ってきたのが、おりしもロノを記念したマカヒキ祭りの真っ最中だったことなど、いくつもの偶然が重なりました。
ハワイアン一同は恭しくクックらを岸で迎え、岸近くにあるロノを祀る神殿で儀式を行ったとか。その際、神官たちは長い長いクムリポを、クックらに向かって詠唱したそうですよ。
すでに書いたようにクムリポは、17世紀にハワイ島で生まれた王子、ロノイカマカヒキのために編まれたもの。王子が神から連なる聖なる人ですよ、と示すためです。つまり神官はその時、クムリポをロノに捧げて、「私たちはあなたの子孫です」と伝えようとしたのですよね。
なぜなら…。ロノイカマカヒキは、ケアラケクア湾のあるハワイ島コナ沿岸に生きた人。カイルアコナとケアラケクア湾の間にあるケアウホウの地には、ロノイカマカヒキが建てたという神殿や、その住居跡があります。
私はその話(神官がクムリポを詠唱した話)を聞いた時、せつなくなりました。ああ、ハワイアンはクックの到来を本当にロノの帰還と信じこんでいたんだなあと…。「ついにこの日がやって来た」。首長や神官だけでなく、庶民もきっとそう思ったはずです。実はクックはただの外国人で、自分が神と誤解されていることも十分承知だったのですがね…(タヒチ人通訳も連れていましたから)。
なんともせつないこの話を聞いて以来、ぜひ一度、クムリポをこの耳で聞いてみたい! と思うようになりました。少しでしたが、詠唱を聞くことができて、嬉しかったです。さて次回の詠唱会はいつになるでしょうか?











