女傑、佐藤愛子さんが亡くなりましたね。102歳の大往生でした。心からご冥福をお祈りします。

 

佐藤さんとの「出会い」は、1979年~1980年にノンノで連載していた「娘と私のあほ旅行」でしたか。娘の響子さんと出かけた3週間強の海外旅行の様子(編集者、カメラマン同行)が、面白おかしく描かれた人気エッセイでした。

 

それはインドやエジプト、イタリアなど6か国を回る旅で、今でも鮮明に覚えているのは、ピラミッドの前でラクダに乗った響子さんの写真。私は当時高校生で、もちろん海外未経験。その旅の様子が羨ましくて羨ましくて…。

 

そのほか佐藤さんのスピリチュアル物エッセイなどもたくさん読ませていただきました。複数の霊能者によると佐藤さんはアイヌの部族長の娘の生まれ変わりだそうで、北海道の辺鄙な土地に別荘を建てた頃から怪現象に悩まされるようになったのですよね。

 

晩年は、「90歳。何がめでたい」など、老齢の自分のあれこれを嘆く、怒る、嗤うエッセイが好評で。でもその中には、遠藤周作や中山あい子など盟友たちが全て亡くなったのに今も長生きしている哀しみのようなものが、漂っていました。実際、佐藤さんは早く私も死にたい、向こう側に行きたい…と長い間考えていたと思います。

 

近年は認知症が進み、施設で暮らしていた佐藤さん。施設に入ったのは、まあ本人が嫌がっても仕方のないことと思います。私もそうなったら、無理にでも施設に入れてほしい。家族に迷惑をかけたくないので。

 

でも! 佐藤さんがぼけるや否や、娘の響子さんやその娘の桃子さんが、母を嗤う、もしくは暴露とも思える内容の執筆を始めたのはどういうことでしょう。二人は「憤怒の人」(響子さん)とか「佐藤愛子の孫は今日も振り回される」(桃子さん)などといった本を誇らしげに出版しています。

 

その中では、本人が絶対に秘めておきたかっただろうことにも触れられていて。たとえば以前、プロ野球の妻子ある監督と付き合っていたとか、その人と別れた後のこととか…。いったい、そんなことを暴露して何になる?

 

佐藤愛子という偉大な母を持ち、自分たちも本を書いたりするようになったけれど。それほど才能もないので、偉大な佐藤さんを笑いものにするような本を書く。これ、本当にえげつないことだと思います。それも、佐藤さんが亡くなるまで待つこともできず、生前から。…控えめに言って、私は呆れています。もう、母親を食いものにするのはやめてほしいデス。

 

…と、今日はひどく辛口になり、失礼しました。

 

佐藤愛子さん、本当に長い間、お疲れさまでした。これからは、向こう側の世界で愛する人々と楽しくやってくださいね。もう、下界のことは忘れて…。