先月ハワイ島ヒロを訪れた際、ダウンタウンの太平洋津波ミュージアムを訪れました。ご存知のようにハワイ島もヒロを中心に過去、何度も津波の被害に遭っており、特に1946年、1960年の津波では多くの被害者が出ています。

このミュージアムは津波についての啓蒙や、過去の津波被害者の追悼を目的にしたもの。津波の科学についての展示や、ハワイでの過去の津波はもとより、世界各地で起こった津波についての検証のコーナー等が設けられています。写真やビデオも多数。もちろん昨年の日本の津波についてのコーナーもありました。

その中でも大きなコーナーを占めていたのが、1946年4月1日に起こった、ヒロ近くのラウパホエホエ岬での津波の悲劇についてでした。ラウパホエホエ岬の海に近い地区には小学校があり、津波が直撃。教師2人を含む24人が亡くなり、今では学校跡に記念碑が建てられています。

展示の中で特に目を引いたのは、後年作られた、この小学校の教師・児童24人のための追悼キルト(写真)。中央の津波の図の周りを、全く同じデザインの小さな津波マークが取り巻いているのがわかりますか? その数は24。一つ一つに被害者の名前が入っていて、被害者を代表する形となっています。

このキルトを見ているうち、とても辛くなりました。児童の名前を見ていると…ミツジ・タマモト君とか、キヨシ・スナハラ君とかショウゾウ・イサキ君とか、亡くなった子供の約半数が、日本名だったのです。…日本からの移民の子供たちもたくさん通っていた学校のよう。

彼らは年代的にいって、恐らく砂糖きび畑で働いていた日本人移民の子供たちではないでしょうか(当時ヒロの街の海沿いには、砂糖きびを運ぶための汽車も走っていました。ですが津波で線路が破壊され、そのまま撤去されたのだそうです)。日系2世のその子たちも、勤勉な親に習って、頑張って学校で勉強していたんだろうな。もしかしたら、まだ英語より日本語が得意な子もいたかもしれません。そんな子供たちが、早朝の学校で被害に遭ってしまったのでした。津波が到来したのは朝7時でした。…日本の津波の際にも感じましたが、子供たちが学校で災害に遭うというのは、なんとも悲しいことですね。自然の災害とはいっても…。

見学しながらついシンミリしてしまった私ですが、日本の津波についてのコーナーで、こんなポスターを見つけました! 



「ジャパン、私たちはあなた方と一緒にいます」
そこにはこう大書きされています。過去に津波被害の多かったヒロの、ハワイ島の人々の、日本を想う強い気持ちを深~く感じて、温かな気持ちになりました。MAHALO!! ハワイ!

この津波ミュージアムhttp://www.tsunami.org/は、私の大好きなヒロ・ダウンタウンの海沿い、カメハメハ・アベニュー沿いにあります。今回初めて入ったのですが、(入館料は$8かかるのですが)思いのほか入館者が多くて驚きました! 次回ヒロに旅行した際は、私も必ず家族連れで再訪するつもりです。