【3.11を忘れない 震災から7年 今私たちに何ができるか】
大田区内には、今も被災地復興活動を続ける多くの区民活動があります。
被災地復興ボランティア「縁プロジェクト」の皆さん、食で被災地とつなぐ「くぅ〜の東北」ウィロード山王アキナイ亭「石巻マルシェ」の皆さんの活動。
震災が起こらなければ出逢うことの無かった宮城県東松島市の皆さん、石巻との繋がり。
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東日本大震災は、多くの尊い命が失われ哀しみは癒える事がない、けれども、復興支援活動を通じて、出逢えたボランティアの皆さんとの出逢い。
そうした、掛け替えのない出逢いに感謝しながら、復興への長い道のりを『共に歩む』という事。

決して3.11を忘れない。

東京オリンピック・パラリンピックの準備が進む中で、「自分たちが置き去りにされている様に感じる」と語ったという現地の方の言葉。真の復興五輪として復興に寄与する大会にしなければならないと考えます。

先週は、縁プロジェクト主催の
『女性が見た あの日、あの時〜東日本大震災を忘れない』
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東松島市在住のお母さんと当時小学生だった女性の語り継ぐ機会と
伊藤まさこさん手作りの“つるし雛”の展示。
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縁プロジェクトの大島先生のスタジオで行われた。『3.11を語り継ぐトークイベント』にかのんと共に参加させて頂きました。
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7年前には生まれていなかった娘。母として、もし震災が起きたら何ができるか、どう行動すべきか。そして、震災を知らない世代に語り継ぐ事。多くの事を学ばせて頂き、
7年目を迎えた今日 改めて、東日本大震災復興を願うと共に、ご家族と共にいつ来るとも知れぬ首都直下型震災への備えについても話し合う日にして頂きたいです。

14時から池上本門寺で東日本大震災の追悼と大田区防災計画と防災研修会も行われます。
http://www.eijuin.jp/News/view/1/768
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以下講演メモより
『女性が見た あの日、あの時〜東日本大震災を忘れない』
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人として思いやりを一人一人が持てば

一度避難したら、絶対に家に戻らない事

今日感じたことを、家族、大切な人と話し合ってほしい。

7年前の震災は悲劇だったが
7年前の震災がなければ、同じ大田区に住んでいながら出逢うことがなかった。

北海道からいらした、鈴木たかゆきさん。
自分自身で55人収容の避難所を開いて所長となった。
自助・共助・公助の中で、震災時公

現地ガイドと避難所で活動していて、

ボランティアさん達をそのまま帰ってもらったらもったいない!

大人が場を作ることで、若い世代にちょっと背中を押してあげることで、
若い世代が主体的に活躍できる場と機会を作ることは、
学校だけに任せていてはダメ。
震災時だけではなく、普段の社会活動の中でも、地域を担って行く若い世代を育てて行く事の大切さ。
5/26 絆音楽祭。
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『3.11を語り継ぐトークイベント』
北爪 言さんの体験談とフルートの演奏
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週末を使って、今も宮城県東松島に通っている。
きっかけはボランティアバスに参加した事だった。

地震が来て、近所の脚の悪いおばあさんと車に乗って逃げている最中に、津波に巻き込まれた。
車の中で首まで水に浸かっている状況で、
隣のおばあさんは既に亡くなって冷たくなっていた。おばあさんを車に残して、窓から逃げた経験。震災から7年経っても心に閉まったまま 打ち明けられずにいた出来事。

市や県が建てた復興住宅に入居することの壁があり、震災前の家と二重ローンを抱えながら家を建てる方が多い。

仮設住宅

震災直後は現実を受け入れることで頭がいっぱい。

これから、何を目標に生きていったら良いか

自分で自由に家から出ることが出来ないお年寄り

地元の人の自立。
地元の人の今後のためになっているか
ボランティアの役割

復興住宅の建っている地域は綺麗な街並みだが、
もう住むことの出来ない地域は、ガードレールが曲がったままだったり、爪痕が残っている。

家が全壊か、半壊かで、線引きをされてしまった支援の格差と置き去りの被災者。

義援金で儲かっているのは、運送業者・引越し業者。
被災地でお金がうまく回っていない。

東松島に人を呼ぶきっかけとして生まれた
仮設住宅で生まれた
小野地区の「おのくん」

空の駅で売っている以外は、注文してから1年待ちの人気者。
北爪さんも、空の駅の店番に行っている。
おのくんの「里親」として、人と人を結ぶ。
3/31にたまプラーザ駅でもイベント。

3月ではなくても、3.11を忘れないこと。

東京オリンピックのあり方
本当に復興五輪たりうるか

・山崎さん 人と人を繋ぐことの大切さ
・品川区の学校の先生 学校に泊まって避難所体験をした
・5歳の時に被災したかのんちゃん。
かのんちゃんを避難所に届けて、その後逸れたかのんちゃんを探しに行ってお姉さんとご両親は死んでしまった。子ども心に、自分が家族を殺してしまったという思いを抱えて泣かずに生きてきた。両親が死んだと云うことを恥ずかしくて話せなかった。

多くの現地の方の消えることの無い心の傷に寄り添い、大き過ぎる犠牲を教訓として防災対策に繋げて行かねばならないと強く感じます。
東京都では、この度女性の視点からの防災ハンドブックも作成されました。
黄色い『東京防災』と共に、多くの都民の皆さまに手に取って備えに活かしてほしいです。
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