私が 子供の頃通っていた ピアノ教室は 町の診療所だった。
お医者さんの奥さんが ピアノの先生で 診察室と 壁1枚 隔てた部屋が レッスン室になっていた。
ピアノを弾きながら ちょっと右に体を傾けると入り口が見えて 風邪をひいたような人、けがをした人
たまには、クラスのいじめっ子の男の子が注射をうたれて 泣き叫んでいる声なんか聞こえたりした。
薬の匂いがする教室。 バイエル、チェルニー、ハノン、ソナチネ、ブルグミュラー、バッハ、
まっすぐの線路のように単調 で 小さな白アリが カリカリと壁をかじるように はてしない
そんな教則本が 大きらいだった。 練習してこないと
あきれたようにのぞきこむ 鼻メガネの奥の先生の目が 私は苦手だった。
でも 最近あの頃のことを よく思い出す。
足もとをながれる 静かな川のように、 からだの奥に深く刻みこまれたその日々を
つらいとき くじけそうになるとき 自分を見失いそうになる時
私は 何度も何度も 指でなでている。