mori17さんのブログ

mori17さんのブログ

「映画大好きおっさん」の映画関連

今回視聴したのは、1975年の「悪魔の追跡 Race with the Devil」で、BDにて拝見しました。

 

悪魔の追跡 [Blu-ray]

 

原題は「Race with the Devil」で、訳すと「悪魔とのレース」となるみたいですね。

 

昭和の中学生の頃だったかに、TVで観た記憶がありますが、当時はかなりドキドキしながら観てました。

 

ほんで今回、40数年ぶりに観て、どちらかというとハラハラしながらあっという間に観終わりました。

 

改めて観るとB級映画なのですが、商品説明欄に「手に汗握るノンストップ・カーチェイス・ホラー!」とあるように、とにかく、あっという間に観終わるくらい、とにかく集中して魅入ってしまいます。

 

話は簡単で、

 

・2組カップルがキャンピングカーで休暇を満喫

・謎の殺人儀式を目撃し、謎集団に追っかけられる

・警察に逃げ込むも信じてもらえない

・納得いかないのでいろいろ騒いでみる

・謎集団から嫌がらせを受け逃げ出す

・めちゃくちゃ追われ、えらいことになる

 

こんな感じなのですが、とにかく主人公たちが疑心暗鬼になり、気が付くと観客までつられて疑心暗鬼になってしまうという仕掛けが秀逸で、しかも必ず前振りをするので観客は「まずい、まずい、そんなこと言っちゃまずい!」と突っ込んだ端から回収イベントが発生します。

 

ほんで只でさえ誰が味方で誰が敵なのかで整理がつかないのに、「あっ、イベント発生した!」となったら女性陣が「わー!きゃー!」と素晴らしいリアクション芸を発揮し、そして一つのイベントが終了すると、物凄い凹むので、旦那が「大丈夫だよ」と落ち着かせ、するとまた前振りからのイベント発生といった連続攻撃が入ります。

 

これは分析すると、正義動機から自己高揚動機へと移行するという、心理学に基づいて作られています。

 

最初、主人公たちは、何かおかしなことになっているのに警察が信じてくれない、そこで別の警察に告発してやろうとなります。

 

この告発は正義動機に基づいて行動しており、しかしこれが原因で思わぬ反撃に遭い、すると余計に「みんなのため」という正義が炸裂し、やがてあいつらを凹ませてやるといった、他人にダメージを与えることが快感になり始め、しかし、正体不明のまま、あまりに反撃がエスカレートしてきたため、疑心暗鬼がエスカレートし、そうなると自分たち以外を疑う訳ですから、自分に都合の良い情報ばかりを認め、都合の悪い情報を否定するわけで、これを自己高揚動機と言い、この視野の狭くなった状態というのは、客観的な視点に立てなくなることを意味し、ラストのオチへと繋がっていきます。

 

劇中でこの段取りを演じているのは役者さんなのですが、本作ではこの体験を観客が体験している訳で、いつの間にか観客すらも正義動機から自己高揚動機へとなっており、つまりそれは心が共感してしまったという訳なのです。

 

とにかくこの手法が秀逸過ぎて、B級ながら当時の日本人の心をハラハラドキドキさせ、病みつきにさせた訳ました。

 

やっぱりこの年代の映画って、微妙に画質が荒くクッキリし過ぎていないところが未知への怖さを見てみたいという心理に繋がり、そして明るすぎず味がある色合いが雰囲気たっぷりで、なんといってもちょっとしたアクションからして全て生身の本物なので、なんかワクワク感が上がってしまいます。

 

主役のピーター・フォンダは俳優一家で育ち、ロジャー・コーマンに見出されたと記憶してますが、そのB級路線で「イージー☆ライダー(1969年)」をヒットさせ、本作以外もB級にばかり出ていた記憶があり、「ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー(1974年)」「ダイヤモンドの犬たち(1975年)」「キャノンボール(1981年)」などを覚えています。

 

本作は「イージー☆ライダー(1969年)」同様、ロードムービーでもあり、アメリカ南部の気質を皮肉っているようにも感じ、さらには恐らく悪魔崇拝やKKKを皮肉った作品なのだと思います。

 

とにかく、ハラハラドキドキしたい人は是非どうぞといった作品です。

 

こんな感じです。

 

 

・猫のユーリさんの動画

 ユーリさん - YouTube

 

・猫ユーリ博士の動画

 猫ユーリ博士の「お得コーナー」 - YouTu

 

・ショップ inasachi 1号店

 inasachi 1号店 ( underground_subculture )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 2号店

 inasachi 2号店 ( underground_subculture2 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 3号店

 inasachi 3号店 ( underground_subculture3 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

今回視聴したのは、2020年の「日本独立」で、アマプラにて拝見しました。

 

日本独立

 

商品説明欄には、

 

① 敗戦直後の日本に、もう一つの“戦い"があった

② 白洲次郎と吉田茂、未来を見据えてGHQと戦った二人の男

③ 憲法改正にまつわる熱いドラマがよみがえる

 

とありました。

 

実際見終わって感じたのは、確かに作中全般で①は感じました。

 

ほんで前半は②で盛り上げ、中盤から終盤に③で盛り上がり、最期は②で締めました。

 

っていうか、前半で白洲次郎の前振りが来たので、てっきり中盤から白洲次郎の無双エピソードが炸裂するのかと思っていましたが、肩透かしでした。

 

一応、群像劇にしたみたいで、ただ、誰かが突出して活躍したって話ではなく、意外と地味に皆が均等に奮闘したってな話に仕上がっています。

 

ただ一番盛り上がったのは、マッカーサー元帥が、非公式に白洲次郎を伴った吉田茂と会談し、ある事を話すエピソードがあり、そこが個人的には一番盛り上がりました。

 

これは、アメリカが急に新しい憲法を日本に押してけて来たため、日本が困ってしまい、どうしたもんか?といった内容になります。

 

それに対し吉田茂が、「先だって受諾したポツダム宣言では、日本国民の自由な意思による表明が尊重されると謳っていたのに、ここに来てアメリカによる押し付け憲法とは条約違反でないか?」とマッカーサー元帥に反論します。

 

アメリカとしては共産国(ソ連)の介入を避けるために、早急な対応が必要であり、焦って民主主義憲法を押し付けてきた訳ですが、アメリカが主に主張しているポイントは二つあります。

 

・天皇を象徴とする

・戦争放棄する

 

これは日本から見たら、日本はもともと天皇を主権とした民主主義の国との考えで、しかしアメリカから見たら国民主権の民主主義でない訳で、日本を真の民主主義にするということを意味しており、しかもアメリカのお陰で世界で一番進んだ民主国家が誕生したと言いたい訳です。

 

*天皇主権:天皇が国の代表者であり、政治実権を握っていることを意味し、明治憲法では天皇主権が確立していた

 

*国民主権:日本国憲法では国民主権に基づいており、天皇は象徴として位置づけられ、政治には関与することが禁じられた

 

この辺は、後に「我々アメリカは45歳で、日本は12歳の子供なので新しいルールを教えてあげました」と言っています。

 

吉田茂の考えでは、アメリカがそんなに言うのなら、独立のためには戦争放棄はやもを得ないことであり、一番心配しているのは、戦争を放棄するわけだから、軍隊は放棄するという訳で、しかし将来、軍隊が無いと、独立国家として自分の身を守れない国になってしまうので、それならばどうするのか?でした。

 

その懸念事項を解決するには、先を読んだ展開が必須であるため、吉田茂は白洲次郎をお供としてマッカーサーとの密談に臨んだ訳で、日本自身が身を守れないならば、安全保障をどうしなければいけないのか?とマッカーサー元帥に問いかけます。

 

これは、もしアメリカの掲げる対ソ連政策がひっ迫した場合、憲法を改正したばかりの日本が急に軍隊を持つということができないので、自国を守れないということを意味します。

 

この質問にマッカーサーからの返答は、「日本の安全保障は、私の現職にある限り保証する」とのことで、史実として本当にそう言ったかは分かりませんが、まさか、この時の内容がそのまま1951年の日米安保、60年安保、70年安保、そして現在へと続く日米安保の礎になるとは・・・といった話になります。

 

結局、観客は、先を見ていた人たちと、今を生きる人たちの違いを見せられますが、その後、今度は文化の違いによる文言の相違、解釈の違い問題を見せつけられます。

 

ここで頑張ったのが、当憲法改正の責務を担わされた国務大臣の松本烝治でして、日米含めたこの人たちの頑張りもあり、なんやかや1946年に日本国憲法ができます。

 

白洲次郎は「合いの子(混血児)が生まれた」と言って呆れていましたが・・・

 

ほんで本作では描かれませんでしたが、マッカーサー元帥は1951年4月まで日本に駐在しており、その後、吉田茂は1951年9月にサンフランシスコ平和条約(戦争終結、日本国民の主権の回復)と、日米安全保障条約に署名し、屈辱は多々あるものの日本の独立はなったわけで、ただ、1951年の安保は、不平等条約と呼ばれ、軍隊のない日本がどっかの国から攻撃されても、米軍が日本を守ることが明記されていませんでした。(条約は1952年発効)

 

つまり、マッカーサー元帥が居なくなった今、密約の安全保障はどうなったか分からない訳で、つまり1952年にGHQによる占領はなくなったけれども、引き続き米軍は駐留しており、もしソ連が北海道に進行してきても、駐留している米軍が日本を守る義理はない訳で、逆に米軍が共産主義との戦いになったら、軍もないのに日本も参戦しなければならず、不平等だという訳です。

 

ほんで、実際に朝鮮戦争が勃発したため、「日本も軍隊を持つべきだ」とアメリカに言われ、「だから言ったじゃん!」ってな話になります。

 

そう言った事があったからなのか、1960年の安保からは、日米お互いがどっかの国から攻撃されればお互いに助け合う(お互いに参戦)という事になりました。

 

1951年の不平等に対し、1960年には条約上は平等になったという体ですが、これって「アメリカがどっかで戦争始めたら、アメリカの代わりに戦うってことやんけ!」とも解釈され、これに激怒した当時の学生たちは、1960年安保に反対し、学生運動したという訳で、それ以後も学生たちの戦いはしばらく続きます。

 

しかし、70年安保以降、こういった風潮は薄まっていき、今では日米安保は自動更新を続けて、お互いがどっかの国から攻撃されれば助け合おうと言った間柄で2国とも活動しており、プロは除いて学生たちは反対していません。

 

また、本作では日本国憲法作成や安全保障以外にも「戦艦大和ノ最期」を書いた吉田満のエピソードがでてきます。

 

このエピソードは、GHQが占領していた間は検閲に引っ掛かり出版できなかったものが、日本が講和・独立した後にようやくGHQの検閲が無くなり出版が認められたというもので、美しい文章と戦艦大和の生き残りとしての思い、亡くなった沢山の戦友達への思いが描かれており、それを出版させないアメリカ側の意図とは、占領下では「戦争に生き残った者の思い」といった内容は、困る、認められないということになります。

 

この辺は、日本人が読めばアメリカに対する憎しみになるかもしれませんし、アメリカ人が知ったら反戦になるかもしれないからという事が想像され、そういえば、反戦小説である「ジョニーは戦場へ行った(1939年)」も、戦争のたびに絶版と復刊を繰り返すとのことで、アメリカとしては当然の処置なんでしょう。

 

こんな感じで、日本が独立をすることを通して、

 

①安全保障

②日本国憲法

③言論統制

 

といったことを主に描いていました。

 

途中で白洲次郎は「日本から戦力を無くするためには、アメリカの戦力を借りるしかなくなった」と言っていましたが、「独立することで日本は永久従属になった・・・」とも付け加えています。

 

また、最後に吉田茂と白洲次郎は「屈辱と引き換えの独立・・・仕方がないがしこりは残りそうだ」と言っており、未来の我々からすると、まさにその通りで、なぜそう思うかというと吉田茂が「時間が経ったら憲法改正すればいい」とも言っているのに、未だに憲法改正出来ておらず、言論の自由になった令和の日本でも話し合いがままならず、国連内でも未だに敗戦国扱いで、「この憲法による呪縛・・・日本人は素直だから・・・」と言ったセリフに「その通り」と思わされます。

 

ほんで最後の締めに、マッカーサー元帥から言われた事に対する返しとして、「だって12歳の子供なんだから」って訳で、2人は童心に帰って水遊びに勤しみ、さらにこれは未来の日本人にも向けた皮肉なんだろうと思わされます。

 

しかもそれだけでは終わらず、ここからサンフランシスコ条約の演壇では吉田茂が日本の国威をたもつため、威厳を示すために演説を日本語で話す実映像が流され、「未来の日本人しっかりしなさい」と言われたみたいな気持ちにさせられて本作は締めを迎えます。

 

まさか過去の吉田茂と白洲次郎から怒られるとは思いませんでしたが、よく考えると濃い内容の本作なのでして、この3つに関してだけでも、事前に細かいことを知っていないと、この2時間の間に何があったのか分かりずらいので、知らない人からすると、「面白い」とか「しっかりしよう」とはならないかもしれません。

 

勉強してから観ましょうね、そんな感じの映画でした。

 

こんな感じです。

 

 

・猫のユーリさんの動画

 ユーリさん - YouTube

 

・猫ユーリ博士の動画

 猫ユーリ博士の「お得コーナー」 - YouTu

 

・ショップ inasachi 1号店

 inasachi 1号店 ( underground_subculture )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 2号店

 inasachi 2号店 ( underground_subculture2 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 3号店

 inasachi 3号店 ( underground_subculture3 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

今回視聴したのは、2022年の「バイオレント・ナイト」で、BDにて拝見しました。

 

バイオレント・ナイト [Blu-ray]

 

原題は「Violent night」で「きよしこの夜」の歌詞をパロっています。

 

Silent night, holy night.➔きよし この夜


ほんで本作は、クリスマスの夜に、子供たちにプレゼントを配っていたサンタさんが、偶然にも3億ドルを強奪しに押し入った武装集団と遭遇してしまい、仕方がなく戦闘状態に突入したってな話です。

 

ただ、いくらサンタさんが普通の人間ではないと言っても、おじいちゃんだし、武装集団は元軍人で最新装備をまとっており、勝ち目ないだろうと思っていたら、サンタの爺ちゃんの元職業がとんでもだったという訳で、なかなかいい勝負が展開されます。

 

題名からすると、かなり激しいバイオレンス映画になると想像でき、人が死ぬところは血が飛んでグロですが、実際は「ダイ・ハード」と「ホーム・アローン」ネタを下敷きにお笑いブラック要素で進むので、笑いを取りながらの進行となります。

 

また、サンタの爺ちゃん視点とライトストーン家の視点、おまけにテロリスト視点といった感じで、行ったり来たりしながら描かれますが、基本、ライトストーン家のイザコザが中心にあり、ピンチになったところへサンタが助けに入ることで、家族のイザコザが解決されていき、悪い心が改心するクリスマスキャロル的な話になります。

 

因みに、似たような映画で「クリスマス・ウォーズ(2020年)」なんてのもあり、比べてみるのもいいかと思います。

 

まあ、何にしても本作は、暇つぶしにはいいんじゃないでしょうかって感じでした。

 

 

・猫のユーリさんの動画

 ユーリさん - YouTube

 

・猫ユーリ博士の動画

 猫ユーリ博士の「お得コーナー」 - YouTu

 

・ショップ inasachi 1号店

 inasachi 1号店 ( underground_subculture )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 2号店

 inasachi 2号店 ( underground_subculture2 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 3号店

 inasachi 3号店 ( underground_subculture3 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

今回視聴したのは、1973年の「ペーパームーン」で、DVDにて拝見しました。

 

ペーパー・ムーン スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

 

商品説明欄には、「張りぼてだらけの中で心だけは本物というテーマが、この擬似親子関係の交流から切々と漂ってくる(とはいえ、演じているふたりは実際の親子であった)。モノクロ・スタンダード画面の慎ましやかさが、作品の内面からあふれる情緒を増幅してくれる。子役のテイタム・オニールは本作品でアカデミー賞助演女優賞を受賞。」とありました。

 

<ストーリー>

「母親を亡くした少女アディを親戚の家まで送り届けることになった詐欺師のモーゼ。はじめは渋々引き受けたが、大人顔負けの聡明なアディを詐欺の相棒にして旅行を続けることになる。やがて2人の間に芽生えたものは・・・

 

この商品説明欄に書いてあることと、ストーリーに書いてあることで、全てが説明されており、何を書こうかネタ切れの状態です。(笑)

 

本作は1930年代の世界恐慌時代を舞台に、ロードムービー作品となっており、ロードムービー作品だからこその車の活躍が素晴らしく、当時の車が砂煙を上げながら疾走し、はたまた雨の中では悲しみに走り、しかも警察からも逃げ、最期にはいいタイミングでブレーキが壊れることで、疑似ながら父と娘の絆をものの見事に演出してくれます。

 

同じロードムービーでは、「子連れ狼(1972~74年)」なんて凄い作品がありましたが、全く逆の作風で、両方見比べるのもいいかと思います。

 

題名の「ペーパームーン」ですが、ペーパームーンとは本物の月ではなく作り物の月のことで、本作では現代のプリクラ機の役目として出てきますが、200ドルネタと共に重要なオチ案件として、疑似父娘に掛けた洒落た題名として活用されます。

 

原作題名は「アディ・プレイ」で、映画化に際してここはあえて変えており、っていうか監督がオーソン・ウェルズに話をした時、「題名はペーパームーンだ!」と言われたそうで、そうなったそうです。(笑)

 

本作の最大の特徴は、女の子を演じるテイタム・オニールのとんでも演技で、監督が交流のあった父親役のライアン・オニールに会いに行った時、ちょうどテイタムの大人顔負けの聡明な物言いを目の当たりにして、即決即断で親子共演が決まったそうです。

 

ただ、尼崎に住めばわかりますが、尼っ子の女の子ってだいたいこんな感じで大人にツッコミを入れており、本作を観ながら「この子は尼っ子なのか?」と勘繰ってしまいました。(笑)

 

んで、話を戻すと、アディのキャラは素のテイタム・オニールって訳で、しかもあのモノクロが一層そのキャラを強調して、あの顔芸とやや低いトーン、そしてやたらと長いワンカットにて際立って、アカデミー助演女優賞を取ってしまいました。

 

このモノクロ撮影ですが、カメラ露出を調整し、手前も奥もピントが合うように撮影されており、さらに赤フィルターを噛ましたことによりより印影がはっきりしたことで、カラーとは違ったあのテイタム・オニールの顔芸が物凄く印象的に写り、そこに舌っ足らずとまではいいませんが、あの独特の言い回しの子供なのに大人顔負けの聡明さが出た世紀の傑作キャラが誕生しています。

 

しかも、実の親子が役者として疑似親子を演じているのですが、劇中で何度も「パパなの?」というセリフが入り、よく考えると役中でモーゼは母親とは関係があったてな設定なので、もしかするともしかして本当の親子なのでは?といったミスリードとも言い切れないミスリードで観客を楽しませてくれます。

 

そして中盤から、恋のライバルのボインボイン姉ちゃんであるトリクシーが登場するのですが、まだ子供なアディにとっては大事件で、いろいろ策略巡らせて対応する様は微笑ましく、モーゼとの掛け合い漫才含め、ホッコリさせてくれます。

 

そこから密造酒のトラブルに巻き込まれ?さらにひと騒動あっての旅の終わりとなるのですが、このラストのオチが、何重にもかかって伏線回収した締め方になっており、しかも下り坂の先に1回だけ大きく曲がりくねるもののその先は一本道で明るい未来へ続いている訳で、もう車に向かってアディが走って来た時点で涙腺が崩壊しているのに、こんないい締め方するなんて、思わず「こいつは大した傑作だぜ!」と拍手を送りながら観終わりました。

 

いや~これは絶対見た方がいい映画です。

 

是非、観て下さい。

 

こんな感じです。

 

 

・猫のユーリさんの動画

 ユーリさん - YouTube

 

・猫ユーリ博士の動画

 猫ユーリ博士の「お得コーナー」 - YouTu

 

・ショップ inasachi 1号店

 inasachi 1号店 ( underground_subculture )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 2号店

 inasachi 2号店 ( underground_subculture2 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 3号店

 inasachi 3号店 ( underground_subculture3 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

今回視聴したのは、2019年の「私は確信する」で、アマプラにて拝見しました。

 

(字幕版)私は確信する

 

原題は「Une intime conviction」で、ネット検索したら「親密な信念」とのことで、もしかして「確信する」という意味なのでしょうか。

 

ほんで本作はフランスで実際に起きた「スザンヌ・ヴィギエ」事件を元にした裁判もので、主人公の膨大な裁判資料を読み解く奮闘ぶりと、裁判シーンを両輪に描いています。

 

事件としては、2000年2月、大学教授ジャック・ヴィギエの妻スザンヌが忽然と失踪し、その後、ジャックがスザンヌ殺害の容疑者として裁判にかけられるというものです。

 

ほんで裁判は、事件発生から9年後に殺人容疑裁判として1審判決が出されるのですが、その模様が冒頭で描かれ「法律があなたにする質問は、心の奥に確信があるか?」という言葉が投げかけられた後、1審判決が”無罪”と出ました。

 

直ぐさま上告され2審となるのですが、ここで主人公のノラが登場します。

 

ノラはシングルマザーで息子と二人暮らし。柔道チャンピオンのリネールみたいな大男のブルノが恋人で、その性欲は恋人ブルノが腰砕けになってしまうほど。

 

容疑者のジャックの娘クレマンスがノラの息子の家庭教師をしている関係から、ジャックが鬱であることを知り、裁判のことが心配になったのか、弁護士のエリックへ2審の裁判を受けてくれるよう交渉をします。

 

その時ノラは、1審の内容をまとめた資料をエリックに渡しており、何やかんやゴネながらもエリックは引き受けてくれます。

 

ほんでノラはエリックから、「担当裁判所から通話記録データを入手したんだけど、250時間分もあって、いちいち聞いてられないから文字起こししてくれ」と頼まれます。

 

理由は「(あのまとめ資料を作った)君なら裁判に詳しいから」です。

 

因みに、誰が何の目的でこの音声データを録音したのか本作では分かりませんが、検索してみると、「フランスでは特定の条件下で情報機関が電話の盗聴を行うことが法律で認められており、その記録が裁判で使用されることがあります」となっているそうで、例えば、DGSE(対外治安総局)なんかがしているそうです。

 

裁判では2審を行う場合、1審で出た証拠以外のもの以上を提出しなければいけないので、お互いに新事実が欲しいという事で、この通話記録は渡りに船って訳ですね。

 

つまり、ここから容疑者のジャックに有利な証拠を見つけ出すだけでなく、検察の言い分を論破する証拠も見つけ出さなければならないわけです。

 

こうなってくると、登場人物たちが、いつ、誰に、何を話したか? さらにはそこから導き出される意図や相関図といった解析が必要で、物凄い労力が必要になります。

 

つまりノラがこれを一手に引き受けるわけで、この労力に巻き込まれるのが息子と恋人です。

 

特にフランスでは、親が子供の外出に対して責任が課せられ、つまり学校への送り迎えから、習い事(ラグビーなど)の送り迎え、食事やコミュニケーション含めた子育てに物凄いパワーが必要で、日本のように子供が勝手に一人で学校や習い事に行くなんてことはできないし、当然、子供一人で近所のコンビニ行くなんてこともできないようになっています。

 

つまり、裁判に関わっている場合ではないのですが、彼女はこれをとんでもパワーで乗り切ろうとします。

 

しかしどうしても息子に迷惑をかけてしまうことになり、それを恋人がフォローします。

 

この辺は裁判と連動して交互に描かれていくのですが、あの性欲モンスターの彼女の性欲を満たすシーンが無くなるくらいですから、かなりの労力であることが伺えます。

 

ほんでとにかく通話データ解析していくと、

 

・スザンヌの愛人のオリヴィエが、彼女を家まで送っていった次の日、忽然と彼女は消えた

・次の日の朝、スザンヌは家族に目撃されていたかもしれない

・ジャックは家庭内別居で、見た気がする程度の証言

・子供達も証言が曖昧

➔ 本当にスザンヌは帰ってきていたのか?

 

・愛人のオリヴィエが、ジャックが殺したという噂を広める欲望丸出しの通話が残っており、殺した証拠はなくても「彼が殺した」と言わなければ、噂を広めるのは大丈夫戦法が発動していた

・担当警官が、捜査情報を漏らし始して冤罪誘導していた

➔ 愛人のオリヴィエは、悪い噂を広めて、ジャックを殺人犯にしたいことが分かってくる

 

死体もないのに、ただの失踪事件かもしれないのに、なぜ愛人のオリヴィエと警察は、ジャックを殺人罪にしたいのか?といった疑問が投げかけられます。

 

しかも、それに-マスコミも乗っかり、ジャックへの大バッシングとなっていたのです。

 

この辺が整理されてくると、本当は愛人のオリヴィエがスザンヌを殺して死体を隠したのではないか?といった疑問が出始め、さらに通話記録を丹念に聞いていくと、ベビーシッターの証言がウソであったことが分かってきて、裁判でもそれが採用されてしまいます。

 

そして、愛人のオリヴィエがスザンヌを殺す動機の仮説も、通話記録から立てられました。

 

ただ、裁判の進行として、容疑者ジャックの無罪を勝ち取るのが目的で、真犯人を見つけてそいつを有罪にすることが目的ではありません。

 

そもそも検察側は、あれやこれやの細かい証言から、数多くの仮説を立て、「ジャックは怪しいんです!」といったストーリーを展開します。

 

これに対して、スザンヌが失踪できる時間帯が示され、これだけのフリー時間があれば、十分に自らの意思で失踪できますよねといった仮説が提示され、っていうか、死体すらも見つかっていないのに、なんで殺人容疑なんだ?といったことが改めて陪審員に示されます。

 

ほんで陪審員は、ジャックがあやしい=有罪ですと言った検察の仮説に対し、”被告人の有罪に疑いがあれば、それが合理的な疑いなら評決は無罪になる、合理的な疑問がない場合は有罪になる”というルールに当てはめて、”有罪の仮説”に合理的な疑いがあれば「無罪」という事になります。
 

はたして、容疑者の自白もない、凶器といった物的証拠もない、死体もない、あるのは”怪しい”といった証言だけで、はたして有罪になるのか?といった結果がラストに判決として言い渡され、つまり陪審員は「確信する」という訳です。

 

これ、「紀州のドンファン事件」で令6年に出た1審判決と似てるのですが、自白もない、物的証拠もない、間接証拠のみの状態で、22人の証人の証言をもって、妻を有罪にしようと三重県警が活動しましたが、結局無罪となりました。

 

この2つの事件ですが、違う点は、死体があるかないかですが、フランスが2000年の事件、日本が2018年の事件で、両事件には共通点があり、どちらも警察が怪しい動き(容疑者の冤罪を懸念される)をしている点で、特に自白もなく、状況証拠の積み重ねで、”あいつが怪しい”として有罪に持って行こうとしています。

 

*状況証拠:証言や事実を積み重ねて汲み上げられる形のない証拠

*物的証拠:凶器や文書など第三者から見て客観的に判断できる物品が存在する証拠

 

つまり、形のない証拠しか提示されず、”怪しい”は認められるものの、”ゆるぎない事実を証明するものではない”、つまり”容疑者があやしい=有罪ですと言った仮説”に対し、”容疑者の有罪仮説に疑いがあった”ことから、ドンファン事件の1審は”無罪”になったわけです。

 

このように2つの事件を重ねてみればわかりやすいと思いますが、本作だけだと大雑把には分かりやすい作品なのですが、細かいところは抽象的なので、分かり難い作品でした。

 

でもそれなりにスッキリするので、いいんじゃないでしょうかっていうか。一番印象に残っているのは、主人公の性欲モンスターっぷりでした。

 

こんな感じです。

 

 

・猫のユーリさんの動画

 ユーリさん - YouTube

 

・猫ユーリ博士の動画

 猫ユーリ博士の「お得コーナー」 - YouTu

 

・ショップ inasachi 1号店

 inasachi 1号店 ( underground_subculture )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 2号店

 inasachi 2号店 ( underground_subculture2 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)

 

・ショップ inasachi 3号店

 inasachi 3号店 ( underground_subculture3 )のオリジナルグッズ・アイテム通販 ∞ SUZURI(スズリ)