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企画屋うっちゃんのブログ

日本は元気ぜよ!企画屋稼業で出会った素晴らしいアーティストの話

おふくろさんの個展が無事に終了しました。よかった、よかった。

米寿を記念した人生最後の個展をしようと思い立って二か月。
怒涛の準備期間中に降った大雪にもめげず、庭の雪をかき分けて朝六時頃から
布遊び工房に通い詰めたおふくろさんの作品300点近くが飾られた。
「人来てくれるかなぁ」というおふくろさんの心配をよそに、始まる前から問い合わせの電話があり、...

また、日にちを間違えて準備の時に来てくれた方もあり、ちなみに、その方は準備を手伝ってくれました。
内村一族のネットワークで500枚のチラシはすぐになくなり、急きょ会場の地図をコピーして配布。

そして、初日。
「おばあちゃん渾身の個展に、人が来てくれるといいなぁ」という願いが通じたのか・・・
あれれ、10時オープンなのに、9時15分には笑顔でお客様が待ってる・・。それも、10人近く。
そして、次から次にエレベーターからお客様が下りて、エレベーターホールがオープン待ちで一杯に。
というわけで、9時半からオープン。
あちらこちらで「すてきー」「かわいい」。
そして、「この古い着物からどうやってドレスになるのですか」とおふくろさんは質問攻めに。
義理の姉の実家の東京のTV局が福島ロケの時には必ず注文するほど、本当に美味しい花見山の近くにある「旭屋」の仕出し弁当のお昼を、おふくろさんも姉たちも食べる余裕もないくらいに質問攻めに。
ついには、お弁当食べている間にも呼ばれてしまうほどの大人気と大混雑。
初日の来場者数300名。

東京の感覚でいうと300名というのは、微妙な数字だけど。
なんせ福島市の総人口は20万人、有名人でもないおふくろさんの趣味の個展に初日300人ご来場していただいたということは前代未聞の快挙・・と、会場のコラッセの方も目を丸くして驚きしっぱなし。

4月29日~5月4日までの会期中に、二度三度とお友達を連れてご来場していただき、トータルで約1800名のご来場。
なぜ約というか、会場が混雑して、ご来場の人数の把握が正確にはできなかったのです。

もともと、来場者300名くらい来れば御の字とおもって、姉がおふくろさんから教わった着物の端切れをつかって小物入れ300個をご来場記念にと用意していたら、なんと、初日で無くなり、二日目用にと急遽夜なべをして制作。
さすがに、二日目でお土産は断念して、三日目から飴をご自由にお取りくださいに切り替えたのです。
ところが、その飴を15袋用意しても四日目にはなくなりました。

予想外の来場者数と「やってみたい」という関心の高さと共に、おふくろさんの個展は無事終了。
そして、終了前日には、名古屋、会津、東京、そして、イギリスから駆けつけた内村一族が一堂に介したおふくろさんの米寿の祝いの会もにぎやかに終了したのです。
ひ孫たちからプレゼントもらっておふくろさんも疲れも吹っ飛ぶ満面な笑顔でした。

で、最終日。この日も会場へいったらすでに開場前から五名の方がお待ち。
そして、最終日とあって、朝からわんさかの人がやってきました。
「今日で三回目です」という方も何人もいて、おふくろさんは質問攻めに・・。
この時には、おふくろさんも姉たちも知恵がついて、お弁当の時はバックヤードに完全に隠れることにして、どうにかこうにかお弁当だけはちゃんと食べることに成功。
そして、最終日は三時に終了。

3時に終了したら5時までに完全撤収という超ハードなスケジュールのミッションが待っているのです。
内村一族の男どもと車を総動員で、怒涛のような撤収作業・・。私はイベント撤収の現場は何度でも経験しているので、とにかくダンボールに何でもかんでも詰めて撤収を誘導。きっちり5時までに会場を明け渡しに成功したのです。

さぁ、終わったぞ、あとはゆっくりと布遊び工房に運び込んだ展示品の仕分けと整理だぁ・・と思っていたら、おふくろさんが宣言をしたのです。
「布遊び工房の、レイアウトをがらりと変えます!」と。
「じぇじぇじぇ」の叫び声。
おふくろさん曰く「いままでは、だいたい五名程度が作業できるスペースだったけど、今回の個展でやってみたいという人がなんと300名ちかくいるの、だから、展示スペースをなくして、すべて作業スペースにレイアウトを変更したいの・・」
つまり、お部屋すべてに10名分の作業テーブルを用意するということ。
それも、全国から集まった内村一族の男手がそろっているのは、次の日の一日だけ。
その一日で、今度は工房の大模様替えに着手。
展示会の準備よりもこちらの方が超ハードな、腰の痛くなる作業であったことは事実。

それでも、なんとか10名分の作業テーブルを設置して終了。

個展から工房のレイアウト変更というおまけまでついたミッションを終了して、私は東京に帰ってきました。
ふぅ~。
おふくろさんの笑顔見れてよかったなぁ。

行動科学の分析によると、56歳の私が行動科学で計算すると、離れて暮らす87歳の親が天寿を全うするまでに、帰省とかして合える日にちは長くてあと12日間程度なんです。
行動科学の友人が飲みながら計算してくれた。数字になると「これし...かー」と驚いた。
だから、「今日一日おふくろさんにありがとうと言える日々」を大切にすることと、特に親と共に遊べる日々も大事だなあ・・と感じる今日この頃なんです。

下記は、福島民報新聞の取材記事です。福島在住の本田さんがおふくろさんの個展に来ていただいた時に、新聞を切り抜いて持ってきてくれました。感謝です。



福島の実家から母の米寿の祝い内村文子個展のチラシが届きました。
内村家の中で一番パソコンに強く、アニメーターを目指していた甥っ子が仕事の合間に作ったチラシ。
今回の福島に降った50センチもの大雪の中、母屋から工房の家まで庭の雪をかき分け通い続け創作をし続けている87歳のおふくろさん。前に私のfbにも書きましたが、第二次大戦の修羅場を生き抜いてきたおばあちゃんは強いなぁ・・と大拍手。
チラシを見ていただいてご近所の方はお友達とご家族と是非いらしてください。入場無料です。
うれしいニュースが福島の実家から届いた。
おふくろさん(内村文子)の米寿の祝いと「内村文子個展」を同時に開催するという。

決定すると行動が早い内村一族は、なんと、会場も即予約してしまった。
福島県福島市 福島駅西口のコラッセ5階の人気のあるイベント会場、
今年の4月29日~5月4日まで(28日は準備)で時間は10時~5時まで開催。

おふくろさんが書道家時代は、毎年生徒さんたちの大きな展示会を開催していた。
今は、書道教室はやめて、泉で「内村布切れ工房」をつくり、集まってきている生徒さんたちと人形や小物をつくり、老人施設や保育園などその人形を送り続けている。
今回の個展では、それらの人形や小物や作った洋服、そして、書道等が展示される。
みんなに見に来てもらいたいな。

おふくろさんは、薄給だった高校教師の親父を洋裁をしながら陰で支え、子供三人を育て上げた。
今では、孫が六人、ひ孫が、日本に三人、イギリスに二人。

親父が55才で亡くなってからは、文字通り内村一族の要として生きてきた。
今でも、私は頭が上がらない。

おふくろさんの人生は、壮絶だった。
福島のそこそこの名家に生まれ、不自由ない子供時代を過ごし、そして、満州鉄道の仕事でハルピンにてメイドさんが三人いる生活を謳歌し、ハルピン女子高等学校に通っていた・・・・が、
第二次大戦の敗北で、ハルピンのすべての財産を失い、命からがらなんとか日本にたどり着いた。
この時の話は一度だけ東京にいる女学校時代の同級生との会話で聞いたことがある。
本当に、着の身着のままで戦火を彷徨い、死んだ子供を抱いているお母さんもいたという・・・。
そしてたどり着いた日本では、六畳一間に五人が生活する極貧の生活の中で、食べていくために女学校時代にやっていた立体裁断の洋裁をして、ご飯の糧にしていた。

そして、駆け出しの高校教師だった親父と見合い結婚した。
なぜ親父と結婚したのか・・と聞いたことがある。
「とにかく生きていくのが精いっぱいのどん底の生活をしていて、なんとかこの生活から抜け出したいと思っていた時に、現れた救世主のような、白馬の王子様だったよ」と。
うちの親父は、もともと学徒出陣の即席の将校で、馬に乗ってポーズをとっている写真があった。白馬ではなかったけど・・・。
で、音楽家をめざし今はピアノ教室をしている姉、会計士を目指していたがなぜか学習塾で落ちこぼれの成績を上げることに喜びを感じていた兄貴(残念ながら三年前に亡くなった)、そして、末っ子の特典で一番好き勝手をさせてもらている企画屋稼業の私。三人の子供に恵まれた。

私は赤ちゃんの時から、おふくろさんのミシンの踏む音が子守歌だった。
そして、おふくろさんは洋裁をしているときにいつも歌を歌っていた。
童謡・唱歌が多かったかな「荒城の月」や「椰子の実」とか、特に島崎藤村の「椰子の実」の曲は、盆地の福島市にはない海を感じさせて好きだったなあ・・・。
女学校時代に、小学校の代用教員をしていて、覚えたといっていた。

で、時は流れ、2014年に米寿を迎える・・あれ、88歳だったかな・・、なんかもっと若いような気がするけど。まいいか。
おふくろさん曰く「人生最後の個展するからね。手伝いに来てね」と。
はい、手伝いに行きます。ずうと、心配かけっぱなしの末っ子だったんで、喜んで駆けつけます。

二mの長身のイギリス人のリーさんと結婚して、今ロンドン郊外でイラストレイター・絵本作家をしている兄の長女の姪っ子 ヨシエ も、イギリスからひ孫二人と二mの旦那を連れて駆けつける。
リーとの会話は、常に上を向いているので肩がこるくらい背が大きい。リーはすごくいいやつ、侍が大好きで、武士道精神を愛し、カメラマンでもあり、将来は日本で暮らしたいと思っている。

もしかしたら、おふくろさんの個展にヨシエの作品も展示されるかも。

イベントとなると俄然燃える内村一族は、姉のピアノとか親せきでフルーティストとして活動しているひろ子さんの演奏とかもあるかもしれない。
私も故郷の幕末を舞台にした小説「生きて、生き抜き候」を書きあけなきゃ・・。

今頃、おふくろさんは個展の作品作りをしているだろうな・・。
福島市にご友人がいらっしゃる方は、ぜひ4月29日からの「内村文子の個展」をお伝えください。
よろしくお願いいたします。