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企画屋うっちゃんのブログ

日本は元気ぜよ!企画屋稼業で出会った素晴らしいアーティストの話

新年明けましておめでとうございます。
未(ひつじ)年が来ました×未が来る=未来があふれる年が開けました。
今年はどんな未来が始まるのか、創造できるのか、ワクワク楽しみです。
今年も、企画道に邁進していきます。
よろしくお願いいたします。



今年最初の未年=未来をモチーフにした歌詞
です。
今年、新たに
頑張っていこうとしている
あなたへ贈ります。



「未来が待っている」



穏やかな空、光の帯
新しい未来が始まる



失ったもの、すでに過去
足し算の人生、引き算はない


愛せる人は 愛される
与える人は、与えられる


新しい場所 踏み出して
愛する歓び 溢れ出す


もっと 感じるままに
もっと 信じるままに


その 笑顔があれば
その 勇気があれば


ささやく言葉は一つ
未来が待っている






朝は毎日、訪れる
迷ったままでも訪れる


いい時も、悪い時も
笑い飛ばせばいい


語った夢と違っても
嵐の中生き抜いている


そこが君の魅力
愛おしいほどの魅力


もっと感じるままに
もっと信じるままに


多くの 笑顔があれば
多くの 勇気があれば


ささやく言葉は一つ
未来が待っている






偽善と欺瞞の闇夜は
続くはずがない


古い幻は消えていく
眠ったままの権力者たち



時代を創るのは
正直に生きている者たち



君は孤独じゃない
すぐ側に未来がある



もっと感じるままに
もっと信じるままに



多くの笑顔があれば
多くの勇気があれば



ささやく言葉は一つ
未来が待っている


G DonF# Em D
C Cm6 G G


このようなワクワクする瞬間っていいな。


「いざ、発進!」。


無限の彼方にある、まだ見ぬ宇宙に向かって、Leiji Matsumoto Galaxy Museum号が、飛び立ちました。(決起集会があったのです。)...

札幌から名古屋から大宇宙の基地から共感する仲間たちがぞくぞくと結集してきました。

大の大人が眼をキラキラさせて真剣にワクワクしようとしているのです。
ちなみに、LMGM号には、大真面目だけどニヤリとする役職があるのです。


◆LMGM号
松本零士 提督(名誉会長)総指揮
北原照久 艦長(会長)総監督&コンセプトメーカー 
木﨑徹 艦隊司令(委員長)エグゼクティブプロデューサー  
森丘祐史 副官(副委員長) プロデューサー
真木太郎 副官(副委員長) プロデューサー
内村守男 航海班長(委員) プランナー          
牧 美也子 医療班長(委員)  オフィサー
市川直樹 工作班長(委員)  オフィサー         
鈴木康史 機関部班長(委員) オフィサー
中村恵子 通信班長(委員) オフィサー  
鈴木マキコ 健康及び食管理班長 オフィサー


まるで宇宙戦艦ヤマトのような物語が、これから始まりそうな予感。


これから何が起きるのか、これから何が現れるのか、
それは松本零士先生の描く宇宙への浪漫と夢が答えを導いてくれます。

おお、すでに宇宙からのメッセンジャー「メーテル」が集合写真の一番う後ろに映っています。縁起の良い航海になりそうですね。


ヨーソロー!、全速前進!


LMGM号決起集会については、木崎艦隊司令の宇宙航海日誌に書いてあるのですが、私の友人たちが読めないかもしれないので、ここに転載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昨夜LMGMの設立準備委員会キックオフがありました。
作品が世界35カ国で翻訳されているアニメ界のレジェンド松本零士先生と世界一のコレクター北原照久さんがガッチリと手を組み、ハーロック艇やヤマトのコックピット、また999に実際に乗れるような、今まで誰も見たことのないような体験型のMuseumとアニメのアーカイブスを作り上げようという構想で、松本先生を名誉会長、北原さんを会長、そしてZACKEYが委員長を努め、GENCOの真木社長をはじめ各界のプロフェッショナルたちの賛同により決起総会が行われました。
すでに日本各地だけでなくアジアからも誘致を検討したいという話がきております。
ちなみにLMGはLeiji Matsumoto Galaxy Museumです。
まだ発表できませんが政治経済人をはじめ著名な文化人、音楽家、芸能人、スポーツ界からも応援するよ!という方が続々と集まっています。興味のある方はこのメンバーの誰でも結構です。ご一報を!
・・・・・・・・・・・・・・・LMGM号 艦隊司令長官 木崎徹


写真は、松本零士提督 北原照久艦長 が 私の作ったLeiji Matsumoto Galaxy Museum構想の企画書を持っていただいている写真です。
憧れの先生に気に入っていただいてこれほど企画屋冥利に尽きることはありません。うれしいなぁ、本当に。


コックピットバージョン

「おせっかいを古典で読む」


明日打合せ用の自動車メーカーの企業イベントの企画書を、ちょい早めに送ったのですこし時間ができた。ふぅ~。


時間ができると悪い癖の「調べてみる」こころがむくむくと湧き上がり、途中経過をまとめてみようと書き始めたのです。
なんとなく昔の古文の授業みたいですし、長い文章になっちゃいました。
時間のある時に古典の世界に浸っていただければ幸いです。


お題は「おせっかい」


そう、「幸せを呼ぶおせっかいのススメ」の著書 高橋恵さんと話しているときに、おせっかいの言葉のルーツはいつの時代からあったのだろう・・という疑問となったのです。


もともと、歴史が大好きなので、ほんじゃちょっくら紐解いてみようと「おせっかいの謎解き」を始めたのです。


今の時代はWEBである程度まで絞り込んで、深く調べたいときは近くの図書館に行って調べられるという、調べるのもスピーディー化と便利になりました。
「チョイ疑問、チョイ調べ」の私にはいい環境です。



「おせっかい」が日本の古典文学の中にどのように使われているかをまず調べてみました。
そこで、じぇじぇじぇ(ちと古いか)、分かったことは古典には「おせっかい」の言葉がないということ。



言語辞典によると
お節介とは、迷惑になるような余計な世話を焼くこと。御節介。
お節介の語源は、「切匙・狭匙(せっかい)」とする説がある。
切匙とは、擂鉢などの内側に着いたものを掻き落とす道具のことで、
切匙が溝の内に入り込むことから、他人の内に入り込もうとすることを「おせっかい」と言うようになったとあるが、江戸中期から使われたとされるが不明なのでする。


ということは江戸以前はどのような言葉を使っていたのだろうか、という謎となり調べてみたのです。



すると「伊勢物語」のなかに「日本版ロミオとジュリエット」の稿があり、その中に「おせっかい」の親がでてくるのです。


伊勢物語 すける物思ひ (訳文がわかりやすいです)
 昔、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり。
さかしらする親ありて、思ひもぞつくとて、この女をほかへ追ひやらむとす。
さこそいへ、まだ追ひやらず。人の子なれば、まだ心いきほひなかりければ、とどむるいきほひなし。
女もいやしければ、すまふ力なし。さる間に、思ひはまさりにまさる。
にはかに、親、この女を追ひうつ。
男、血の涙を流せども、とどむるよしなし。率て出でて往ぬ。男、泣く泣くよめる。
「 いでていなばたれか別れのかたからむありしにまさる今日は悲しも 」とよみて、絶え入りにけり。親あわてにけり。
なほ思ひてこそいひしか、いとかくもあらじと思ふに、真実に絶え入りにければ、まどひて願立てけり。今日の入りあひばかりに絶え入りて、またの日の戌の時ばかりになむ、からうじて生き出でたりける。
 昔の若人は、さるすける物思ひをなむしける。今の翁、まさにしなむや。


訳文
 その昔、若い男が一人、女に恋をした。
それなのに、男の親がいらぬおせっかいをして、こんな女に息子が恋心を抱いたら困るということで、この女(彼女は男の家の奉公人だった)をどこかよそへ追い出してしまおうと画策した。
しかしながら、実際にはまだ放逐せずにいた。
男としては、自分はまだ親元にあって独立していない身分だったので、強く出てこの女を引き留めるほどの心意気を発揮することもできない。
女の方も身分が低いので、奉公先である男の親が決めた事に逆らう力もない。
そうこうしている間にも、男と女の恋情はいよいよ強くなってくる。
そんな中、出し抜けに、男の親はこの女を追い出してしまった。
男は血の涙を流して悲しんだけれども、追い出される女を引き留める手段もない。
女を(男以外の誰かが)引き連れて家を出て行ってしまった。
男は泣く泣く次のような歌を詠んだ。
 「自分から出て行ってしまったならば、人と別れるのもさほど難しくないだろうけれど、置き去りにされた今日の私は、今までのいつにもまして悲しくて仕方がない」  
と詠んで、死んだようにぐったりと動かなくなってしまった。
親は慌てた。
男が女を想う気持ちを口に出して言ってはいても、まさかこれほどひどく思い詰めているはずもあるまいと思っていたのだが、本当に死んだような状態になってしまったので、親は戸惑って神仏に願掛けをした。
男は、その日の日没頃に気絶して、翌日の午後八時頃になってから辛うじて息を吹き返したのであった。
 その昔の若者たちは、このように異性に対して強烈な恋慕の情を催したのであった。今の世の老いたる人が、このような芸当をするだろうか、まさかするまい。



上の文章の「さかしらする親ありて」という文があり、訳すと「おせっかいな親があって」ていう意味なんです。
いつの時代にも子供の結婚を心配する親があったということです。しかし、ロミオとジュリエットができるはるか前に、このような悲恋物語が古典なあったとは、当時の文学教養と感受性の豊かが見て取れます。



でも、ここで使われている「さかしら・なり」とは、ネガティブな使われ方の「おせっかい」のことなので「差し出がましい」「利口ぶる」と同じ言葉なんです。
「おせっかいのススメ」の著書 高橋恵さんが提唱している「おせっかい」とは別物なのです。

恵さん提唱の「おせっかい」は自分の事のように相手を想う気持ちから生まれる、ポジティブな「おせっかい」なのです。
現在、東京都がキャンペーンにつかっている「子供を守るOSEKKAI」のコピーも、こちらのポジティブなおせっかいなのです。


そこで、ポジティブなおせっかいの語源を調べてみました。
浮かんできたのが 古代の人が大切にしていたこころの在り様「慮る(おものばかる・おもんぱかる)」の言葉なのです。


意味は、
人の気持ちなどを慮る 推し量る・・・察する・(心を)汲む・思いやる・気を使う・気づかう・配慮する・斟酌(しんしゃく)する・先回りする・気を回す・気配りする


状況・影響などを慮る 顧慮する・・・考慮する・(八方に)目配りする・忖度(そんたく)する・(~を)重視する・(~に)留意する・気にかける・(~への)配慮が働く・思慮深く(行動する)・頭を働かせる

となります。

まさに「慮る」ポジティブな「おせっかいのススメ」にぴったりの語源なのです。

古典の中ではどのような使われ方をしているだろうかと調べてみました。
古代の生活を垣間見るのにぴったりなのが「万葉集」なのです。
貴族の歌から詠み人知らずの平民の歌まで治められているのです。



「慮る」が現れている万葉集の歌をまとめてみました。

その読み人知らず


「韓衣裾に取りつき泣く子らを置きてそ来ぬや母なしにして」


現代訳
すそにしがみつくいて泣く子どもを置いてきてしまったなぁ。母親も(死んでしまって)いないのに。

解説
この歌は防人歌と言われるものです。
防人(さきもり)とは、飛鳥時代から平安時代の間に課せられていた税の1つで、北九州の警護を担当する二年から五年の仕事でした。帰ってこれないことも多々あったのです。これは、防人に行くお父さんが、「泣いてすがる子どもを、母親も死んでしまってもういないのに国に置きざりにしてきてしまった、大丈夫だろうか・・」と子どものことを思って慮って詠んだ歌です。


また、万葉集にはポジティブなおせっかいの異彩を放っている文があります。


石麻呂に吾もの申す、夏痩せに良しといふものそ 鰻(むなぎ)採り食(め)せ
大伴家持


現代訳
おい、石麻呂俺はお前に忠告するぞ何という痩せ方だ!
夏痩せに効くから鰻を採って食べるんだ
という意味なのです。
まさに、ポジティブなおせっかいです。
しかし、万葉の時代に「鰻」が夏バテに効くとわかっていたんですね。



万葉集には、二首で一対の歌となる、「愛する人を慮る」にぴったりの夫婦の絆を歌った歌があります。

足柄の御坂に立(た)して袖振らば家(いは)なる妹はさやに見もかも
埼玉郡の上丁、藤原部等母麿

色深く夫(せ)なが衣は染めましを御坂廻(たば)らばまさやかに見む
妻物部刀自賣

これは夫婦一対の慮る歌。
当時の東国人が旅に出るときは、二度と帰れないかもしれないという覚悟だったのです。そこで国境の坂には精霊がいるものと信じ、その坂を御坂と呼び、そこを通るときには謹んで精霊に無事を祈り、残してきた妻や家族を慮った歌なのです。
夫の歌は、坂を通るときに、お前には私がはっきりと見えるだろうかと歌い、
妻はそれに応えて、あなたの衣を色鮮やかに染めておきましたので、
きっと見えることでしょうと歌っているのです。
夫婦の愛情の程が偲ばれる、すばらしい唱和の歌ですね。



万葉集の中でも、子供のことをおもってこれほど絶叫している歌はないといわれているのが、下記の歌です。


しづたまき数にもあらぬ身にはあれど千年にもがと思ほゆるかも 山上憶良



私は後いくら生きられるかわからぬ身ではあるが、子のために千年でもいき続けたいと絶叫している歌なのです。



さてさて、万葉集にユーミンが出てくるのです。うーん、今はやりのタイムスリップをしていたのか・・はわかりませんが、ユーミンの「守ってあげたい」の歌と同じなんです。


我が背子は物な思ひそ事しあらば
火にも水にも我がなけなくに  安部女郎(あべのいらつめ)



あなたはどうか悩まないで いざとなったら 火であろうと水であろうと私がいるではありませんか・・という、慮りの歌なのです。


この歌は「おせっかいのススメ」を提唱している高橋恵さんが「私がいるではないですか」、「いつでも話しにおいで」と語っている言葉そのもののですね。


「幸せを呼ぶおせっかい」の語源について、古典文学を旅してみました。

古代の人たちの「慮る心」が現代の「おせっかい」に通じていると思うのです。


長文を読んでいただきありがとうございました。 内村