多くの方にコメントをいただきましてありがとうございます。
私がこの問題についてどういう見解をもっているか、詳しく書き足したいと考えています。
今日は、皆様のコメントからもいろいろと考えさせられました。


ですが、そもそも鞆の浦については私自身に個人的な発露として残して欲しいという気持ちがあるため、この問題について客観的な状況論や是々非々の優等生的解答はありません。
「鞆が好き!」というただそれだけです。

古来、瀬戸内海の要港として万葉集にも歌われていたというほどのところなんです。

吾妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき
鞆の浦の磯のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえやも
大伴旅人

とかあまを船ほかの花かと見るまでに鞆の浦わに波立てるみゆ
古今六帖

とか、朝鮮通信師の李邦彦に「日東第一形象」と記録されていたともいうそのような千年以上の人々が見た風景が今に残っていることの奇跡的事実が重要と思うのです。

場所は変わりますが、松尾芭蕉の奥の細道にも歌われていた、象潟
(きさかた)という景勝地が地震やいろんな事情があったにせよ、今は失われてしまっていることにも思いを馳せると、このような古くから続く地形や街が最後の地域の財産になると考えているのですが

保存や維持になんらかの長期的な経済的メリットが出せることを経済的なモデルにして、経済理論として提出するしかないか、とも考えています。