少し早く浄土堂が開きました。

拝観受付をし、ご朱印帳を預けます。

阿弥陀三尊様達はすぐそこに立っておられますが、
まだまだ目を下に伏せておきます。


阿弥陀三尊様の前に座ってから、初めて顔を上げました。


はぁぁ…


説明のテープが何かをしゃべっていましたが、
まったく耳に入りませんでした。


写真で見ていたときは顔が大きいような感じでしたが
それは写した角度のせいで、座って見上げたときを想定して
バランス良く作ってあるんだと改めて思いました。


阿弥陀如来 5.3メートル

両脇侍 3.7メートル


この高さの立像は圧倒される大きさです。

中央の須弥壇で雲の上の蓮華座に乗った三尊様は360度、
どの角度からも拝観することができます。

この阿弥陀様は一般的な阿弥陀様の印相とは違っています。

右手は与願印であり、左手の指はまさにたった今
親指と中指で輪を作ろうとしているようです。(中品です)

両脇の観音、勢至菩薩様も程よいリラックス感があり
持物を持つ指がなんて長くてきれいなんでしょう。

photo:05




しばらく見ていてふと思いました。


ははーん。


ここは宇宙基地だね。


阿弥陀様たちは今、立ち上がったばかり。


これからあの赤い格子の屋根が


ガガガガと開いて雲に乗って飛んでいくんだ!!


お天気の良い夏の西日が射し込む時、


きっとそんな様子が見られる…




わけないか…



浄土寺の阿弥陀様たちは造立時から大きな修理はしていないそうです。

まさに当時にタイムスリップしたような一時でした。

photo:04



勢至菩薩。
宝冠には勢至菩薩のシルシ、水瓶ではなく
阿弥陀の化仏をつけています。



作者の快慶は自らも熱心な浄土信者だったといいます。

重源上人から阿弥陀という称号をもらい、作品には安阿弥陀
というサインを残しています。

慶派としては傍流だった快慶がこれほど出世し、
素晴らしい仏様を製作できたのは、あのいかにも
頑固そうな重源上人のお陰です。

photo:06



重源上人気に入ってます(笑)



浄土寺へは小野駅からタクシーで来ました。
らんらんバスというコミュニティバスがありますが、
駅に着いたときはちょうどバスが出たばかり。

次を待つと何時間後という間隔です。
歩くと1時間ほどかかるようです。

帰りのバス時刻をチェックすると、

photo:01




14時11分というのがこの日のバスのようです。


これから小野駅から粟生で北条鉄道に乗り換え、
法華口駅で一乗寺へのバスに乗るつもりでしたが
この時間では一乗寺へ行っても今度は帰りのバスがなくなります。

仕方なくしっぽを丸めて姫路へ帰ることにしました。

途中で姫路城の入城時間を調べたら
これも間に合いそうにありません。

帰りのタクシー代をケチったために午後からは
どこへも行かれなくなりました。

車がないとアクセスに苦労する浄土寺ですが、
交通の要衝でもないので戦乱にも巻き込まれず、
今日まできれいに残っているのかな、
と思うと大変ありがたいことです(^人^)

ずっと変わらず今のままでいいです。

スッキリした気持ちで姫路へ向かいました。

photo:03





iPhoneからの投稿
最近、ブログテーマがめちゃくちゃになってきました。

「仏像」としても、詳しく書くわけでもなく、

いつもどこかで脱線しちゃってるし(T_T)

たぶん、仏像というカテゴリはもう使わない気がします。
そのうち整理整頓したいと思いますので

テーマを仏像とするのはこれでおしまいにします。




兵庫県小野市の浄土寺。


開祖は重源上人

photo:01



今春、奈良博や金沢文庫の貞慶展でお会いしたので
この方は記憶に新しいところです。

南都焼き討ちに遭った東大寺大仏再興の大勧進に任じられ、
その生涯をかけた人です。

重源は東大寺勧進を進めるため、畿内や山陽の各地に
七つの別所を作りました。

その一つが播磨国の浄土寺です。

photo:02



各別所には阿弥陀如来を祀り、安置をする浄土堂を建て、
道場としての役目もありました。

重源は超リアリズムで厳しい運慶より比較的優しい作風の
快慶を好んだらしく、重源が関わった寺院には
快慶作の仏像が多く残っています。


浄土堂(国宝)

photo:03



大仏様(天竺様式)という屋根裏を作らず、
パーツを組み立てるという工法です。
この工法で建てられて現存しているものには
東大寺の南大門があります。

浄土堂も赤く塗られた構造材が丸見えになっていて、
これも極楽浄土を表現するのに一役かっているようです。

さて、浄土寺に着いたのは12時半くらいでした。
拝観はお昼休みがあり1時からでしたのでそれまで境内を散策します。


本堂(重文)

photo:07



本堂のご本尊は薬師如来様です。
薬師様は浄土寺の前身だった広渡寺のご本尊らしいです。


開山堂は重源上人をお祀りします。

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鎮守社の八幡神社

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鐘楼は江戸時代

photo:10


播磨はこの袴をはいたスタイルの鐘楼が多かったです。

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手水?

石棺だそうです。

すごいリサイクル(゚o゚;;


ところで、浄土寺には阿弥陀三尊とは別にもう一体の
阿弥陀如来様がいらっしゃいます。

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快慶が迎構という法会のために造った像です。
今でいうお練り供養みたいなものでしょうか。

この像は今夏、奈良博の重源と頼朝展にお出ましだったようです。
これには行かれなかったので、またどこかで出開帳しないかな、

などと考えながら…





まだかなまだかな…

photo:06




あ、お堂が開いた!

photo:08




さあ時間になりました。

いよいよ浄土堂へ!




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長浜からちょうど正午くらいに京都へ着きました。

京都では六波羅蜜寺の十一面観音様のご開帳には行くつもりでしたが、
それ以外は決めていませんでした。

仕事がちょうど忙しくてそれどころではなかったのです。


今回はスルッとKANSAIを使っていません。
でも神護寺の夜間拝観には行きたいと思っていたので
十分勝算があると思い、京都観光一日乗車券を購入しました。

photo:01




1200円ですが、市バス、京都バス、市営地下鉄が利用できます。
神護寺は地下鉄で途中まで行ってからバスに乗ろうと考えていました。



まずは京都駅から地下鉄で手っ取り早く行ける所を考えたら、


烏丸線で竹田駅ビックリマーク


それは安楽寿院ひらめき電球


秋の特別拝観のお寺は行き方を調べていませんでしたが、
ここだけは地下鉄駅から近かったような気がしたのです。

で、まず安楽寿院へ。

photo:02



写真が一枚しか無い(^_^;)


ここからまた地下鉄で京都へ戻り、バスで清水道下車。


六波羅蜜寺。


写真が一枚も無い(T_T)


十一面観音様の頭上は見えませんが、お顔はよく見えました。
もっと見ていたかったんですが、ご住職に追い出されました…

次々に参拝客が来るので仕方ないです。

次は何処へ行こう、と思って何気に、なう、を見てみたら


報恩寺がオススメだと。


先に京都へ来ていたMさんの最新情報です。
ありがとうございました。


よっしゃ、報恩寺だ!


って、どこにあるん?( ̄◇ ̄;)


今出川の南らしいのでバスを乗り継ぐより地下鉄で今出川まで行きました。

意外に時間がかかり、到着したのは拝観受付終了の少し前でした。

ここでJさんも報恩寺にいたことが、後で判明します。

びっくりしました。

photo:09




報恩寺を出てから考えました。

これから神護寺の夜間拝観に行って、戻ったらすぐさま
姫路に行かなくてはなりません。
この分では姫路到着は夜11時くらいになってしまいます。


うんにゃ!大覚寺だ。


ほこ先を変更しました。


今思えば、神護寺に行っていたら、あの神護寺参道の石段で
ボールちゃんをくわえたMさんとスレ違ったのに、ちょっと悔やまれます。

今出川から市バスを乗り継いで大覚寺に着きました。

photo:03



紅葉はまだ早いようでしたので、空いていました。

photo:08




五大堂では五大明王様たちのそばには行かれませんでしたが、


境内には、


photo:05



不動明王と愉快な仲間たちがいました。



photo:06



私は降三世明王さんになりたいな。


朝ご飯を食べてから、この時間まで何も食べてなかったので、
大覚寺バーガーなるものを食べて、

まだ足らずにゆばまんじゅうを頬張り、

photo:07





京都駅まではバスで座って帰りました。


午後からの京都でしたが、

なんとか一日乗車券でモトをとりました!


皆さんだったら何処へ行きましたか?





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