最近、ブログテーマがめちゃくちゃになってきました。
「仏像」としても、詳しく書くわけでもなく、
いつもどこかで脱線しちゃってるし(T_T)
たぶん、仏像というカテゴリはもう使わない気がします。
そのうち整理整頓したいと思いますので
テーマを仏像とするのはこれでおしまいにします。
兵庫県小野市の浄土寺。
開祖は重源上人
今春、奈良博や金沢文庫の貞慶展でお会いしたので
この方は記憶に新しいところです。
南都焼き討ちに遭った東大寺大仏再興の大勧進に任じられ、
その生涯をかけた人です。
重源は東大寺勧進を進めるため、畿内や山陽の各地に
七つの別所を作りました。
その一つが播磨国の浄土寺です。
各別所には阿弥陀如来を祀り、安置をする浄土堂を建て、
道場としての役目もありました。
重源は超リアリズムで厳しい運慶より比較的優しい作風の
快慶を好んだらしく、重源が関わった寺院には
快慶作の仏像が多く残っています。
浄土堂(国宝)
大仏様(天竺様式)という屋根裏を作らず、
パーツを組み立てるという工法です。
この工法で建てられて現存しているものには
東大寺の南大門があります。
浄土堂も赤く塗られた構造材が丸見えになっていて、
これも極楽浄土を表現するのに一役かっているようです。
さて、浄土寺に着いたのは12時半くらいでした。
拝観はお昼休みがあり1時からでしたのでそれまで境内を散策します。
本堂(重文)
本堂のご本尊は薬師如来様です。
薬師様は浄土寺の前身だった広渡寺のご本尊らしいです。
開山堂は重源上人をお祀りします。
鎮守社の八幡神社
鐘楼は江戸時代
播磨はこの袴をはいたスタイルの鐘楼が多かったです。
手水?
石棺だそうです。
すごいリサイクル(゚o゚;;
ところで、浄土寺には阿弥陀三尊とは別にもう一体の
阿弥陀如来様がいらっしゃいます。
快慶が迎構という法会のために造った像です。
今でいうお練り供養みたいなものでしょうか。
この像は今夏、奈良博の重源と頼朝展にお出ましだったようです。
これには行かれなかったので、またどこかで出開帳しないかな、
などと考えながら…
まだかなまだかな…
あ、お堂が開いた!
さあ時間になりました。
いよいよ浄土堂へ!
iPhoneからの投稿
「仏像」としても、詳しく書くわけでもなく、
いつもどこかで脱線しちゃってるし(T_T)
たぶん、仏像というカテゴリはもう使わない気がします。
そのうち整理整頓したいと思いますので
テーマを仏像とするのはこれでおしまいにします。
兵庫県小野市の浄土寺。
開祖は重源上人
今春、奈良博や金沢文庫の貞慶展でお会いしたので
この方は記憶に新しいところです。
南都焼き討ちに遭った東大寺大仏再興の大勧進に任じられ、
その生涯をかけた人です。
重源は東大寺勧進を進めるため、畿内や山陽の各地に
七つの別所を作りました。
その一つが播磨国の浄土寺です。
各別所には阿弥陀如来を祀り、安置をする浄土堂を建て、
道場としての役目もありました。
重源は超リアリズムで厳しい運慶より比較的優しい作風の
快慶を好んだらしく、重源が関わった寺院には
快慶作の仏像が多く残っています。
浄土堂(国宝)
大仏様(天竺様式)という屋根裏を作らず、
パーツを組み立てるという工法です。
この工法で建てられて現存しているものには
東大寺の南大門があります。
浄土堂も赤く塗られた構造材が丸見えになっていて、
これも極楽浄土を表現するのに一役かっているようです。
さて、浄土寺に着いたのは12時半くらいでした。
拝観はお昼休みがあり1時からでしたのでそれまで境内を散策します。
本堂(重文)
本堂のご本尊は薬師如来様です。
薬師様は浄土寺の前身だった広渡寺のご本尊らしいです。
開山堂は重源上人をお祀りします。
鎮守社の八幡神社
鐘楼は江戸時代
播磨はこの袴をはいたスタイルの鐘楼が多かったです。
手水?
石棺だそうです。
すごいリサイクル(゚o゚;;
ところで、浄土寺には阿弥陀三尊とは別にもう一体の
阿弥陀如来様がいらっしゃいます。
快慶が迎構という法会のために造った像です。
今でいうお練り供養みたいなものでしょうか。
この像は今夏、奈良博の重源と頼朝展にお出ましだったようです。
これには行かれなかったので、またどこかで出開帳しないかな、
などと考えながら…
まだかなまだかな…
あ、お堂が開いた!
さあ時間になりました。
いよいよ浄土堂へ!
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