弘法大師所縁の井戸ってどのくらいあるんでしょう?

弘法大師こと空海は、井戸を掘って?
というか岩を叩いたら水が出てきた!
という場所が数えきれないほどあるようです。

今日はそんなお話。


全国を行脚していた弘法大師は、たどり着いた村で
お決まりのようにお水を所望します。


水くれー。


頼まれた人は、

ここには飲み水はねえだ。

と、すげなく断ってしまいます。

怒った弘法大師は、唱えごとをして川の水を地下に
流れるようにしてしまい、役に立たない川にしてしまいます。


またあるところで、水が飲みたいと言うと、
女房がひどい女で、米のとぎ汁を出しました。
それを弘法大師は黙って飲んで行きますが、

あとでその女房の顔が馬になってしまいました。


弘法大師様もかなりキツイことをされるものです。


それとは反対に、

親切に遠い所へ汲みにいってくれたりすると
喜んだ弘法大師は、近くに清水がないのは不便であろうと

杖で岩を叩いて清水を湧き出させた。



柿を所望したら、親切にくれたので、その地には年に

二度も柿がなるようにした。

そんな話が「伝説」としてあちこちに残っています。

その「伝説」というものが、なにやらほとんど同じような

パターンのお話です。



これはどういうことなの?


弘法大師は、本当に日本国中でそんな不思議なことをして回ったの?



「伝説」というのは昔の民衆の信仰の産物で、登場人物の行為は

もともと神様の姿を描写したものだった。


それを神様といわずに、有名な偉人(弘法大師など)が

したことのように考えてみようとした…



という話を先日、東京の日本橋にある奈良まほろば館で聴講してきました。

奈良まほろば館では、奈良学ナイトレッスンという講義をやっています。


この回のテーマは「弘法大師と大和の伝説-伝説入門-」


レジメで配られ、紹介されていたのが柳田国男著「日本の伝説」です。



人々の暮らしでは欠くことのできない「水」や農作物は神への供え物。

感謝せずにそれを怠ると、川が枯れてしまったり、

女房の顔が馬になったり、悪いことが起こると信じられていたのです。


そんな昔の民衆の信仰が今もなお続いているんですね。



民俗学の柳田国男の「日本の伝説」は日本中の地域の伝説が

集められ、その考察なども書かれています。


自分の住んでいる地域の伝説などを読むのも良いなあ、と思います



暑い夏の日は、読書で Let's Legend!( ̄▽+ ̄*)



また、奈良まほろば館の講義案内はこちらです

  ↓

http://www.mahoroba-kan.jp/course.html



講義の室内は冷房がかなり効いていて

避暑にはばっちりですが、


冷え性の方は薄い上着などを持参されたほうがよさそうです。





あみだカブレではありませんよー

阿弥陀かぶりです。


おっと、お練り供養のことでもありませんよ汗


コレ、帽子のかぶり方なんですね。


たとえば広いつばがある帽子を前のほうは持ち上げて
後頭部に乗せるようにかぶるというかぶり方です。

こうすると、つばが丸く広がっているように見えて、
阿弥陀様の光背に似ているから、
ということらしいです。


普段、オシャレに前髪を出して帽子をかぶっている
方たちは、阿弥陀様だったのですねー


ファッションでアミダかぶりをするのはいいのですが

ヘルメットはいけませんよ。

事と次第によると本当に阿弥陀様が迎えに来てしまいます。

photo:01




最近は若い方のバイク離れであまり見かけなくなりましたが

昔は原付バイクで、アミダかぶりの若い人が結構いました。

このようなかぶり方をして、もし事故に遭ったら
ヘルメットなどは無いと同じです。

南無阿弥陀仏です。

ヘルメットは正しくかぶりましょう。



ついでに交通安全のお話です。

もしもの時に怪我から身を守るのがシートベルトです。

車の後部座席に乗ったとき、シートベルトはちゃんと

装着していますか?


後部座席に座っていた人の死亡例は、多くが車外放出です。


高速道路などでは、衝突の衝撃で車体がふられると

座っている人は、いとも簡単にリアガラスやサイドガラスを

突き破って外に放り出されてしまいます。


そこで全身を強く打ちつけるか、

後を走っていた車に、二度轢きされてしまいます。


シートベルトをしていた前部座席の人は軽傷なのに、

装着していない後部座席の人は残念な…ということもあります。


残酷な話ですが、現実のことですので、お子さんなどを

後ろのシートに座らせる時は注意してあげてくださいね。


夜行バスも高速道路を走っている時は、シートベールトを

お忘れなくなく。


これから夏休みに入りますので、交通安全には

どうかを気をつけて、


楽しい思い出がたくさんの


夏休みになりますように(‐^▽^‐)

修学院道からバスと地下鉄で大報恩寺(千本釈迦堂)
に着きました。

photo:01



本堂は応仁の乱にも焼失をまぬがれた建造物で国宝です。

photo:02



あっΣ(゚д゚lll)

千本釈迦堂も数珠巡礼寺院でした。
これを気づかず数珠は忘れてしまいました…


ええっ、なんですって!?


某西国の十六番( ̄◇ ̄;)


あはは。まあ、いいですヽ(;▽;)ノ


でも京都十三仏のお寺なので
十三仏のご朱印を戴きました…

photo:06




本堂をお参りして、おかめさんのコーナーをさらっと
見まして霊宝館へ行きました。


さらっと(◎_◎;)

photo:07



こんなおかめさんはいやだよ( ̄◇ ̄;)



素晴らしい仏様がたくさんいらっしゃるのですが、
いつも空いている霊宝館です。

こちらにはまず肥後定慶作の六観音!

なのですが、今回はあえて快慶作の釈迦十大弟子に
注目してみました。

千本釈迦堂の御本尊は釈迦如来です。
快慶の弟子の行快の作ですが、毎年、限られた
期間しか公開されていませんので、
お会いしたことはありません。

その脇に安置されていたという釈迦十大弟子ですが、
今は師匠と離れて収蔵庫暮らしです。


身長約1メートル弱でしょうか。
快慶はこの三尺のサイズの阿弥陀仏をよく彫っています。
快慶様(安阿弥様)といわれ、後世には似せたような
阿弥陀様がよく造られました。
その快慶が得意なジャストサイズ!?

法眼快慶の墨書きが残されているのはこのお二方です。





宅急便でーす。



photo:04



なんて、玄関の前に立ってたらドアを開けていいものか
まじで考えてしまいそうな、目けん連尊者像。





や・く・そ・く、よドキドキ


photo:05



わかったわかった、週末は会いに行くよ汗

つい約束をしてしまいそうな
小指を立てた優婆離尊者像。


美しく、時には凛々しい仏様を彫り続けてきた
快慶の晩年の作品です。

目けん連尊者は、胸にあばらが見えるのに
腕は血管が浮き出てて筋肉モリモリです。
老人ですが、生き生きとした自信に満ちた表情をしています。

もしかして、これらは快慶自身だったりして?

そういえば、運慶の坐像はあるけど
快慶その人の像って見たことないなー


慶派としては傍流の快慶は苦労人だった
のではないかと思います。

実力や実績があっても、贈られた僧位は法眼までで
法印まで登りつめた運慶には及びませんでした。

戦国武将でもナンバーツーの苦労人のほうが好きなので
これも快慶が好きな理由の一つなのかもしれません。

御本尊の釈迦如来製作も、快慶は弟子の行快に
任せてしまいました。
と、言うより十大弟子より本尊の釈迦如来のほうが
後に造られているのですが…

快慶ははじめから十大弟子を手がけたんですね。

老いた快慶は、若くて溌剌とした仏様は
もう弟子に任せればいい、と
思っていたのかもしれないなあ…

自身の理想的には、ほぼ完成してしまった感がある

「ホトケ」 より

「人間的」 な

十大弟子を彫りたかったのかなぁ。

なんて、

リアルさの中にも、どこかお人好し的な表情の
十大弟子を拝観しながら、

快慶その人なりに思いを馳せていたのでした。



これでながーくながーく引っ張ってきました
GWの旅は終わります。


(T_T)寂しいっすね。


最後まで読んで頂きありがとうございました。
熱く、暑ーく(;´Д`A

御礼申し上げます。



それではー、次回の旅までアデューパー


なんて言ってる場合ではありません。
まだ結願してない

近場の霊場巡りがーー(゚д゚lll)汗汗


頑張りますヽ(;▽;)ノ




iPhoneからの投稿