修学院道からバスと地下鉄で大報恩寺(千本釈迦堂)
に着きました。
本堂は応仁の乱にも焼失をまぬがれた建造物で国宝です。
あっΣ(゚д゚lll)
千本釈迦堂も数珠巡礼寺院でした。
これを気づかず数珠は忘れてしまいました…
ええっ、なんですって!?
某西国の十六番( ̄◇ ̄;)
あはは。まあ、いいですヽ(;▽;)ノ
でも京都十三仏のお寺なので
十三仏のご朱印を戴きました…
本堂をお参りして、おかめさんのコーナーをさらっと
見まして霊宝館へ行きました。
さらっと(◎_◎;)
こんなおかめさんはいやだよ( ̄◇ ̄;)
素晴らしい仏様がたくさんいらっしゃるのですが、
いつも空いている霊宝館です。
こちらにはまず肥後定慶作の六観音!
なのですが、今回はあえて快慶作の釈迦十大弟子に
注目してみました。
千本釈迦堂の御本尊は釈迦如来です。
快慶の弟子の行快の作ですが、毎年、限られた
期間しか公開されていませんので、
お会いしたことはありません。
その脇に安置されていたという釈迦十大弟子ですが、
今は師匠と離れて収蔵庫暮らしです。
身長約1メートル弱でしょうか。
快慶はこの三尺のサイズの阿弥陀仏をよく彫っています。
快慶様(安阿弥様)といわれ、後世には似せたような
阿弥陀様がよく造られました。
その快慶が得意なジャストサイズ!?
法眼快慶の墨書きが残されているのはこのお二方です。
宅急便でーす。
なんて、玄関の前に立ってたらドアを開けていいものか
まじで考えてしまいそうな、目けん連尊者像。
や・く・そ・く、よ
わかったわかった、週末は会いに行くよ
つい約束をしてしまいそうな
小指を立てた優婆離尊者像。
美しく、時には凛々しい仏様を彫り続けてきた
快慶の晩年の作品です。
目けん連尊者は、胸にあばらが見えるのに
腕は血管が浮き出てて筋肉モリモリです。
老人ですが、生き生きとした自信に満ちた表情をしています。
もしかして、これらは快慶自身だったりして?
そういえば、運慶の坐像はあるけど
快慶その人の像って見たことないなー
慶派としては傍流の快慶は苦労人だった
のではないかと思います。
実力や実績があっても、贈られた僧位は法眼までで
法印まで登りつめた運慶には及びませんでした。
戦国武将でもナンバーツーの苦労人のほうが好きなので
これも快慶が好きな理由の一つなのかもしれません。
御本尊の釈迦如来製作も、快慶は弟子の行快に
任せてしまいました。
と、言うより十大弟子より本尊の釈迦如来のほうが
後に造られているのですが…
快慶ははじめから十大弟子を手がけたんですね。
老いた快慶は、若くて溌剌とした仏様は
もう弟子に任せればいい、と
思っていたのかもしれないなあ…
自身の理想的には、ほぼ完成してしまった感がある
「ホトケ」 より
「人間的」 な
十大弟子を彫りたかったのかなぁ。
なんて、
リアルさの中にも、どこかお人好し的な表情の
十大弟子を拝観しながら、
快慶その人なりに思いを馳せていたのでした。
これでながーくながーく引っ張ってきました
GWの旅は終わります。
(T_T)寂しいっすね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
熱く、暑ーく(;´Д`A
御礼申し上げます。
それではー、次回の旅までアデュー
なんて言ってる場合ではありません。
まだ結願してない
近場の霊場巡りがーー(゚д゚lll)

頑張りますヽ(;▽;)ノ
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に着きました。
本堂は応仁の乱にも焼失をまぬがれた建造物で国宝です。
あっΣ(゚д゚lll)
千本釈迦堂も数珠巡礼寺院でした。
これを気づかず数珠は忘れてしまいました…
ええっ、なんですって!?
某西国の十六番( ̄◇ ̄;)
あはは。まあ、いいですヽ(;▽;)ノ
でも京都十三仏のお寺なので
十三仏のご朱印を戴きました…
本堂をお参りして、おかめさんのコーナーをさらっと
見まして霊宝館へ行きました。
さらっと(◎_◎;)
こんなおかめさんはいやだよ( ̄◇ ̄;)
素晴らしい仏様がたくさんいらっしゃるのですが、
いつも空いている霊宝館です。
こちらにはまず肥後定慶作の六観音!
なのですが、今回はあえて快慶作の釈迦十大弟子に
注目してみました。
千本釈迦堂の御本尊は釈迦如来です。
快慶の弟子の行快の作ですが、毎年、限られた
期間しか公開されていませんので、
お会いしたことはありません。
その脇に安置されていたという釈迦十大弟子ですが、
今は師匠と離れて収蔵庫暮らしです。
身長約1メートル弱でしょうか。
快慶はこの三尺のサイズの阿弥陀仏をよく彫っています。
快慶様(安阿弥様)といわれ、後世には似せたような
阿弥陀様がよく造られました。
その快慶が得意なジャストサイズ!?
法眼快慶の墨書きが残されているのはこのお二方です。
宅急便でーす。
なんて、玄関の前に立ってたらドアを開けていいものか
まじで考えてしまいそうな、目けん連尊者像。
や・く・そ・く、よ

わかったわかった、週末は会いに行くよ

つい約束をしてしまいそうな
小指を立てた優婆離尊者像。
美しく、時には凛々しい仏様を彫り続けてきた
快慶の晩年の作品です。
目けん連尊者は、胸にあばらが見えるのに
腕は血管が浮き出てて筋肉モリモリです。
老人ですが、生き生きとした自信に満ちた表情をしています。
もしかして、これらは快慶自身だったりして?
そういえば、運慶の坐像はあるけど
快慶その人の像って見たことないなー
慶派としては傍流の快慶は苦労人だった
のではないかと思います。
実力や実績があっても、贈られた僧位は法眼までで
法印まで登りつめた運慶には及びませんでした。
戦国武将でもナンバーツーの苦労人のほうが好きなので
これも快慶が好きな理由の一つなのかもしれません。
御本尊の釈迦如来製作も、快慶は弟子の行快に
任せてしまいました。
と、言うより十大弟子より本尊の釈迦如来のほうが
後に造られているのですが…
快慶ははじめから十大弟子を手がけたんですね。
老いた快慶は、若くて溌剌とした仏様は
もう弟子に任せればいい、と
思っていたのかもしれないなあ…
自身の理想的には、ほぼ完成してしまった感がある
「ホトケ」 より
「人間的」 な
十大弟子を彫りたかったのかなぁ。
なんて、
リアルさの中にも、どこかお人好し的な表情の
十大弟子を拝観しながら、
快慶その人なりに思いを馳せていたのでした。
これでながーくながーく引っ張ってきました
GWの旅は終わります。
(T_T)寂しいっすね。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
熱く、暑ーく(;´Д`A
御礼申し上げます。
それではー、次回の旅までアデュー

なんて言ってる場合ではありません。
まだ結願してない
近場の霊場巡りがーー(゚д゚lll)


頑張りますヽ(;▽;)ノ
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