東大寺法華堂(三月堂)の秘仏、執金剛神の
ご開帳に行ってきました。

法華堂は須弥壇、諸尊像の修理のため3年間
拝観停止になっていました。
修理事業に伴い、今まで安置されていた塑像など6躰が
東大寺ミュージアムに移され、秘仏の執金剛神を含めた
10躰の新体制で今年の5月18日から拝観再開しました。

今回は秘仏はもちろん、新しい配置になった
法華堂も初めてです。



法華堂に着いたのは午後1時を過ぎたあたりです。

拝観の列ができていましたが、15分ほどで
堂内に入ることができました。

photo:01



拝観受付でご朱印帳を預けて番号札をもらいます。

修理が終わった法華堂内の床はきれいな
白木のスノコになっていました。

まず、御本尊の不空羂索観音が立っていらっしゃる
須弥壇前へ。
こちらも人でいっぱいです。

須弥壇は以前に比べるとガラーンとした印象ですが、
大きい方たちばかりなので均整もとれている感じで
それほど違和感はありませんでした。

やはり不空羂索観音様って神々しいな( ̄▽ ̄)



さて、秘仏の執金剛神様のところへ行きましょう。

めちゃくちゃ簡単な配置図ですが、
言葉で説明するよりもこんな感じです。
不空羂索観音様と執金剛神様は背中合わせの
位置関係になります。

執金剛神様のところまで行く途中で不空羂索観音や
他の諸尊像の側面を見られるのも貴重なことです。

photo:03



厨子の前には三段の階段があって上段に登れば
執金剛神像の足元まで見えるのでしょう。
係の方が、3分以上居た方は他の方に譲って下さい(笑)
と、アナウンスしていましたが、
争奪戦が厳しく上には登れませんでした。

しかし、この配置図を見ていただくと、
小上がりと階段の間にデッドスペースが出来ています。
そこなら拝観の流れを妨害することがないので暫く
この場所で拝観しておりました。
ここか、小上がりの畳席は真正面ではないですが、
多少長居できると思います。


鎌倉時代の厨子にお入りの執金剛神像は障子を通した
自然の明かりで拝観できます。
写真はこの時に見た色に近いものをwebより拝借。

photo:02



どつくぞコラァァ!!


これは拝観客にではなく…(^_^;
仏法を守護するためです。

右手に金剛杵を持ち、大きく振りかぶっている
様子が実感できました。
テイクバックが大きいです。
平面の写真を見ただけではわからなかったことです。

上腕の赤や緑色が鮮やかに残り、銅線や麻布と泥で
作ったとは思えないような天衣が緩やかなカーブを
描いて身体に巻きついています。
これは優雅さではなく、逆に威厳を感じさせます。

法華堂修理の際に、執金剛神像の調査分析をした結果、
つくられた当時の鮮やかな姿がCGで公開されています。
黒い大きな目は石ではなく、鉛ガラスだそうです。

What's ナマリガラス( ? _ ? )

この時代にそんなものが作られていたんですね。

photo:04




なんと言ったらよいか。
もう天平ワールドですね。

12月16日は法華堂のお祭り。

きっと夜になったら不空羂索観音様を中心に
丸くなって祝杯を上げながらこんな会話を
するのかもしれない。



今日はみんな、お疲れさま。

何年かぶりだったから気合い入ったよね。

あれ?執金剛神ちゃんって
こんなに小さかったっけ?

ちゃんってなんだよむかっ
儂は日光月光様たちと30センチしか違わないのだぞ。

そうかぁ、そういえば東大寺ミュージアムに
行った方たちはどうしてるかなあ…


なんて、他所へ移動した仲間たちの心配もしてたり。


久しぶりの法華堂はそんなことを想像するくらい
皆んながやる気満々で立っておられるような気がしました。


帰りに預けたご朱印帳をいただきました。

photo:05




貴重な機会に訪れることができて
本当に良かったです。



iPhoneからの投稿

観音寺の最寄り駅は、新田辺から2つ目の「三山木」です。

ここから観音寺まで徒歩だと30分くらいでしょうか。

観音寺前まで行くバスは本数が少ないので
同志社大学京田辺キャンパス行きのバスに乗ると
近くまで行けるという情報をいただいていました。

しかし、どのバスかわからず
かといって歩く気にもなれず、この時ばかりは
不本意ではありますが、駅で待機していたタクシーに
運んでもらいました。

やっぱ楽ちんやね(^_^)☆


photo:01



寺伝は天武天皇の勅願により義淵が開基。
ついで聖武天皇の勅願により天平16年(744)に
良弁が伽藍を増築した。
寺は火災や兵火で焼失するが、興福寺の別院だったため
そのつど藤原氏の帰依で再建する。
しかし、1437年の火災でことごとく焼失し、
その後は往時の寺勢には及ばなかった。


今は本堂と庫裏、鐘楼だけの佇まいです。

庫裏で拝観をお願いすると、ご住職が出て来られ
お焼香と短い読経のあとに、ご本尊の厨子を開けてくださいます。


ささ、こっち来て、近くで見て。


は、はい。と厨子の真ん前に。


扉を開けると、172.7cmの長身の十一面観音様が
はい、こんにちは、と現れました。

photo:02




うわっ。

こんなに近くでお会いしたら、
こちらがタジタジとしてしまいます。

十一面観音様は奈良時代の木心乾漆造(国宝)。
平城京の官営工房で造られた像です。

同じく同じ時期に、造られたという聖林寺の
十一面観音様とは写真では似ているような感じもしましたが、
ちょっとタイプが違います。
会社で言うと、聖林寺はお局の先輩社員で
観音寺の方は若い女子社員?

いや、違うぞ。

そんなんじゃない。

この貫禄は普通ではありません。

もしかしたら聖林寺の観音様より
厳しい方かもしれない。

しばらく見ていたら表情が少し優しく
なってきたのですが…

どちらかと言ったら東大寺法華堂の不空羂索観音様の
妹分?という感じもしました。

なんにせよ、この観音様と対話できるようになるには
こりゃ何度か通わなくてはダメだな(-。-;


しかし奈良時代の仏像がこの地域にも運ばれ、
幾多の火災などにも見舞われ、1300年経つ今でも
威厳をもって立っておられることには感動でありました。

ちなみに、南山城展にはこの観音様はお出にはなりません。


観音寺周辺は春には菜の花と桜でとてもきれいだそうです。
次回は歩いて来ようと思います。


さて、三山木から宇治に戻らなくてはいけません。

路線検索をすると、近鉄の大久保でJR奈良線に
乗り換えられるようです。

大久保で降りてJR線を探しましたが、まったく見あたりません。

駅員さんに尋ねましたら、心得たようにさっと
地図を手渡されました。

苦手な地図だ(T_T)

最寄りはJR新田駅で、歩いて7分ほどかかるらしいです。

やっぱり迷って、やたらと時間がかかり、
なんとか新田駅にたどり着き、宇治で荷物を引き上げて
京都へ向かいました。


ところで、この日の宿泊はいつものビジネスホテルから
趣向を変えて和風旅館にしました。

この旅館には猫の女将さんがいるのです。

夜間拝観から帰って、3割引で買った夕飯のお寿司を
食べていたときに挨拶に来てくれました。



なんかいい匂いがするわね。くんくん。

photo:03



ここかしら。くんくん。

photo:04



女将さんは部屋をチェックして出ていきました…


これで今回の目的の一つである南山城の
古寺巡りはいったん終了しました。


まだ京都でのことや、薬師寺の水煙降臨も書けてない(T_T)


なのに明日からちょっと出掛けてきます。
時々、なうでご報告致します。
久々のランチネタです。

今日は飲酒部主任が煮魚が食べたいと言うので
事務所近くの魚料理のお店に行きました。


メニューに金目鯛がありました。
煮付けでお願いしまーす。


で、出てきましたー


photo:01



アタマだけだ(⌒-⌒; )


でも食べるところは結構あるんですよ。

photo:02




皮の部分もトロトロで美味しいです。
キンメの煮付けを食べている人は無口になって
一生懸命に魚のアタマをつっつきます。

味付けも見た目よりは濃くはないです。
お値段は1000円で、ちょっと、

いや、結構に贅沢です!


ここは船宿割烹で店主が釣り上げた魚を提供する
こともあるようで、
幻の魚「クエ」なども入荷します。


クエなんて高級魚

わたしはー、食べたことありませーん( ̄◇ ̄;)

美味しいんですか?



寒い日は美味しい魚で( ̄▽ ̄)

熱燗で一杯、イイデスネーお酒



場所は千代田区麹町。
新宿通り添いにあるビルの地下です。
大衆割烹で男性客率多しです(^_^;

photo:03





iPhoneからの投稿