観音寺の最寄り駅は、新田辺から2つ目の「三山木」です。
ここから観音寺まで徒歩だと30分くらいでしょうか。
観音寺前まで行くバスは本数が少ないので
同志社大学京田辺キャンパス行きのバスに乗ると
近くまで行けるという情報をいただいていました。
しかし、どのバスかわからず
かといって歩く気にもなれず、この時ばかりは
不本意ではありますが、駅で待機していたタクシーに
運んでもらいました。
やっぱ楽ちんやね(^_^)☆
寺伝は天武天皇の勅願により義淵が開基。
ついで聖武天皇の勅願により天平16年(744)に
良弁が伽藍を増築した。
寺は火災や兵火で焼失するが、興福寺の別院だったため
そのつど藤原氏の帰依で再建する。
しかし、1437年の火災でことごとく焼失し、
その後は往時の寺勢には及ばなかった。
今は本堂と庫裏、鐘楼だけの佇まいです。
庫裏で拝観をお願いすると、ご住職が出て来られ
お焼香と短い読経のあとに、ご本尊の厨子を開けてくださいます。
ささ、こっち来て、近くで見て。
は、はい。と厨子の真ん前に。
扉を開けると、172.7cmの長身の十一面観音様が
はい、こんにちは、と現れました。
うわっ。
こんなに近くでお会いしたら、
こちらがタジタジとしてしまいます。
十一面観音様は奈良時代の木心乾漆造(国宝)。
平城京の官営工房で造られた像です。
同じく同じ時期に、造られたという聖林寺の
十一面観音様とは写真では似ているような感じもしましたが、
ちょっとタイプが違います。
会社で言うと、聖林寺はお局の先輩社員で
観音寺の方は若い女子社員?
いや、違うぞ。
そんなんじゃない。
この貫禄は普通ではありません。
もしかしたら聖林寺の観音様より
厳しい方かもしれない。
しばらく見ていたら表情が少し優しく
なってきたのですが…
どちらかと言ったら東大寺法華堂の不空羂索観音様の
妹分?という感じもしました。
なんにせよ、この観音様と対話できるようになるには
こりゃ何度か通わなくてはダメだな(-。-;
しかし奈良時代の仏像がこの地域にも運ばれ、
幾多の火災などにも見舞われ、1300年経つ今でも
威厳をもって立っておられることには感動でありました。
ちなみに、南山城展にはこの観音様はお出にはなりません。
観音寺周辺は春には菜の花と桜でとてもきれいだそうです。
次回は歩いて来ようと思います。
さて、三山木から宇治に戻らなくてはいけません。
路線検索をすると、近鉄の大久保でJR奈良線に
乗り換えられるようです。
大久保で降りてJR線を探しましたが、まったく見あたりません。
駅員さんに尋ねましたら、心得たようにさっと
地図を手渡されました。
苦手な地図だ(T_T)
最寄りはJR新田駅で、歩いて7分ほどかかるらしいです。
やっぱり迷って、やたらと時間がかかり、
なんとか新田駅にたどり着き、宇治で荷物を引き上げて
京都へ向かいました。
ところで、この日の宿泊はいつものビジネスホテルから
趣向を変えて和風旅館にしました。
この旅館には猫の女将さんがいるのです。
夜間拝観から帰って、3割引で買った夕飯のお寿司を
食べていたときに挨拶に来てくれました。
なんかいい匂いがするわね。くんくん。
ここかしら。くんくん。
女将さんは部屋をチェックして出ていきました…
これで今回の目的の一つである南山城の
古寺巡りはいったん終了しました。
まだ京都でのことや、薬師寺の水煙降臨も書けてない(T_T)
なのに明日からちょっと出掛けてきます。
時々、なうでご報告致します。



