仏教の瞑想法と修行体系 -9ページ目

心理療法と仏教

仏教やその瞑想法は、現在の欧米諸国では、一種の心理療法として受け止められているという側面があります。
実際、釈迦の思想は、苦しみの原因を究明して取り除く方法を示すという、医学的発想に近いものでしょう。

このコラムでは、当ブログの本論としての瞑想法の体系についてではなく、仏教が影響を与えた現代心理療法に関して書きます。
具体的には「マインドフルネス認知療法」、「マインドフルネス心理療法」、「マインドフルネス・ストレス低減法」、カウンセリングの「ロジャーズ派(クライアント中心療法)」です。

<マイドフルネス瞑想>

釈迦はヴィパッサナー瞑想(観法)によって悟ったとされていて、仏教諸派では瞑想法の基本となっています。
この瞑想法は、世界的に広がりつつあり、「マインドフルネス瞑想(気づき瞑想)」と呼ばれています。
そして、その方法を取り入れた様々な心理療法が生まれています。

上座部に限らず、仏教では初歩的修行として、まず、日常の自分の心や体の動きをずっと自覚することに努めます。
自分が今、何をやっているか、何を感じているか、何を考えているか、常に意識し続けるようにするのです。
これは、パーリ語で「サティ」、漢訳で「正念」、英訳で「マインドフルネス・メディテーション」と呼ばれます。

さらに進むと、自分の心や体の活動を、言葉やイメージのフィルターなしにあるがままに洞察します。
パーリ語で「ヴィパッサナー」、漢訳で「観」、英訳で「インサイト・メディテーション」と呼ばれます。

上座部の正規のヴィパッサナー瞑想は、アビダルマの哲学に沿って、複雑な方法で行われます。
しかし最近では、数十年前にミャンマーで生まれた「マハーシ流」や、その影響を受けた「ゴエンカ流」など、簡略化された瞑想法が世界的に広がっています。
これらの方法では、サティ瞑想とヴィパッサナー瞑想が区別されず、連続的に行われます。
それで、こういった一連の瞑想法が「マイドフルネス瞑想」と呼ばれるようになっています。


<マインドフルネス認知療法>

主に鬱などの治療を目的に生まれた心理療法が「認知療法」です。
鬱や不安障害は、否定的な判断、否定的な感情、否定的な行動が無意識の内にループすることが特徴です。
「認知療法」は、自己否定し過ぎるなどの間違った認識を改めることで治療しようというものです。
間違った認識を自覚するために、瞑想的な技法を利用するのが、「マインドフルネス認知療法」です。

無意識に行っている認識の間違いを自覚して修正する、という点は仏教と共通します。
ただ、「マインドフルネス認知療法」が常識的な判断に沿って認識を改めるのに対して、仏教では常識的な判断が間違っていると考える点が違いますが。


<マインドフルネス心理療法>

これに対して、鬱などが直るのは、間違った認識を改めるからではなくて、認識や感情を、客観的に自覚して、それを受け入れ、それと距離を置くからだと考えるのが、「マインドフルネス心理療法」です。
「マインドフルネス心理療法」は、「アクセプタンス・コミットメント・セラピー」「弁証法的行動療法」などの総称です。

「マインドフルネス心理療法」では、自分の判断や感情が間違っているか、悪いものであるのかどうかを判断しません。
ただ客観的に観察することで、それと距離を置くことができるようになります。
これによって、否定的な行動を改め、自分の価値に合った行動を行うことを目指します。

認識や感情と自分を同一視せず、距離を置くという意識のあり方は、仏教の無我観と共通するところがあります。
ただ、価値観そのものを問題にしない点は仏教と異なります。

「マインドフルネス認知療法」、「マインドフルネス心理療法」は、「第三世代行動療法」と呼ばれることもあります。


<マインドフルネス・ストレス軽減法>

「マインドフルネス・ストレス軽減法」は、禅やヴィパッサナー瞑想、ハタ・ヨガなどの影響を受けたジョン・カバットジンによって作られました。
これは、心理療法ではなくて行動医学の一つです。
その名の通り、マインドフルネス瞑想を用いてストレスを減らします。
その技法はほとんどマハーシ式、ゴエンカ式のヴィパッサナー(サティ)瞑想そのままです。

「マインドフルネス認知療法」や「マインドフルネス心理療法」は、問題となる認識や感情を自覚することが重要です。
しかし、「マインドフルネス・ストレス軽減法」では日常のすべてを自覚します。
これによって自我のあり方そのものを変えることで、結果的にストレス症状が癒されます。

また、「マインドフルネス認知療法」や「マインドフルネス心理療法」のように自分の価値観に合った行動を行うことを目標としません。
むしろ、自我意識の外に出て、目的意識を持たず、努力せず、執着しないことを目指します。
生(なま)の感覚体験や身体性を重視し、自我に限界づけられない全体的な体験、一瞬一瞬の新しい体験を自覚します。

「マインドフルネス・ストレス軽減法」は、自我の外に出て、社会的な価値観や自分の価値観を相対化する点で、仏教に近いと言えます。
目的意識を持たずにただ坐れと言う道元の「只管打坐」からの影響もあるようです。

実際ワークにおいては、ゴエンカ流のボディスキャン(身体を順に意識していく)、ハタ・ヨガのアーサナのポーズを取って身体を意識する、呼吸への集中、座禅などを行います。


<ロジャーズ派>

「マインドフルネス認知療法」や「マインドフルネス心理療法」は社会的な価値基準で問題となる認識や感情を否定的に捉えます。
一方、「マインドフルネス・ストレス軽減法」は中立的です。
これに対して、「ロジャーズ派(クライアント中心療法)」は、原則としてすべての判断や感情に対して肯定的で、それを表現し、発展させます。
ロジャーズ派が「治療」よりも「自己実現」を目指し「人間性心理療法」と呼ばれるゆえんです。

ロジャーズ派のセラピストの多くがそれぞれに仏教を取り入れようとしています。
ただ、ロジャーズ派はもともと無技法が特徴なので、その影響は明確な形を取りません。

一般にロジャーズ派では、クライアントを中心に考えて、カウンセラーが支援するという人間関係が重視されます。
しかし、親仏教派では、クライアントもカウンセラーも、自我の外に出て空虚な状態になることを重視します。
これは仏教の無我観に近づくもので、ここに至っては、ロジャーズ派は「人間性心理療法」から「トランスパーソナル心理療法」へと進むことになるのかもしれません。

また、クライアントのかかえる問題を、禅の公案のように扱うこともあります。
公案は合理的には答えの出ない問題で、そのことに気づいて合理を越えた視点に立つことをうながします。
クライアントのかかえる問題も、多くはその状況自体は解決できる問題ではなく、視点を変えて受け入れるべきものだったりします。

ロジャーズ派の展開として「体験過程療法」を生み出したユージン・ジェンドリンは、「フォーカシング」という技法で、形のはっきりした感情や言葉になる以前の、漠然とした直感的なものを自覚しようとします。
彼はその対象を「感じとられる意味」と呼び、無意識的な働きを「体験過程」と呼びます。
これは他の心理療法よりも一層深く、マインドフルネス瞑想を応用していると言えます。

ロジャーズ派のセラピストでニューエイジ系の論客の一人でもあるジョン・ウェルウッドは、もっとラディカルです。
彼は亡命チベット僧のタルタン・トゥルクやチュギャム・ トゥルンパによって、ゾクチェンやマハームドラーの影響を受けています。

ロジャーズやジェンドリンは、「形」になる前の無意識的な心的なプロセスに注目していましたが、仏教の影響を受け入れながら、それをさらに追及して深化させました。

例えば、彼は「空」を心理学的に心的なプロセスとして多数の層として捉え直しました。
通常の、言葉やイメージなどの「形」を対象化した意識に対して、その「形」の「背景」となる心のプロセス、意味を発声させる場を掘り下げていきます。
ジェンドリンの「感じ取られる意味」は次の第一層、あるいは次の次の第二層でしかありません。
仏教のアーラヤ識は第四層に当たり、さらに最下層に、最も基本的な開かれた場を考えます。

つまり、彼は自覚の対象を、心の土台としての「空」にまで拡大し、心を自由に活動させることを目指そうとしました。