「清浄道論」(上座部):観(各論2)
<行道智見清浄>
「行道智見清浄」は、正しい修行の過程を知る段階です。
実際には、諸行の苦・無常・無我を認識し、執着を脱する過程を進みます。
具体的には、「八智」と呼ばれる8つの智と、総まとめ的な「随順智(第9智)」、さらに次の「智見清浄」へ移行段階の「種姓智」も加えると、全部で10智になります。
1 「生滅随観智」は、「道非道智見清浄」でも行いましたが、ここでは、「十観随染」を終えているので、心の汚れなしに「生滅」を観察する段階です。
2 「壊滅随観智」は、諸行の「滅」だけを観察します。
この智から後は、執着をなくす知である「断遍知」の段階になります。
3 「怖畏現起智」は、過去・現在・未来の諸行は滅すことを観察して恐れの心を抱きます。
4 「過患随観智」は、諸行に対して危険であると感じます。
5 「厭離随観智」は、諸行に対して嫌悪の心を抱きます。
以上3-5の3智は実際には一体です。
6 「脱欲智」は、諸行から解放されたいという心を抱きます。
7 「省察(思惟)随観智」は、諸行を「無常」、「苦」、「不浄」、「無我」…など53(or40)行相から観察します。
8 「行捨智」は、諸行を2、4、6、8、12、42と順次拡大した行相から「空」であると見て、関心を捨て去ります。
以上6-8の3智は実際には一体です。
この段階を終えると、三解脱門(無相解脱、無願解脱、空解脱)のいずれかから出世間道に入ることが決定します。
それぞれの門は無常・苦・無我のそれぞれの認識を為していることによります。
9 「随順智」は、これまでの8智と、「智見清浄」で完成する「三十七菩提分法」を認識する智で、2~4刹那だけで終わる移行的な段階です。
これによって、真理を隠蔽する心の汚れを取り除きます。
10 「種姓智」は、次の「智見清浄」の段階、つまり、聖者への移行の智です。
凡夫(有漏・世間)から聖者(無漏・出世間)に移行する、1刹那だけで終わります。
形を離れた「涅槃」を対象にする智です。
<智見清浄>
「智見清浄」は、無漏の出世間智による聖者の段階です。
三相(苦・無常・無我)を認識して、煩悩を離れます。
四諦を一瞬(実際には4つの一瞬)にして知り、涅槃に至ります。
北伝や大乗仏教の「見道段階」以降に当たると思います。
「智見清浄」は、大きくは、四つの沙門の段階に分かれます。
>「預流(須陀洹)」→「一来(斯陀含)」→「不還(阿那含)」→「阿羅漢」
です。
そして、それぞれが「道心(道智)」、「果心」、「観察智」の3段階で構成されます。
「道心」は、出世間定によって、煩悩を突き破る一刹那の間だけの心で、「涅槃」を対象とします。
無相を対象として、形から抜け出ます。
「果心」は、「道心」の後に生まれる、煩悩を捨てた1~3刹那の一瞬の間の心です。
ちなみに、「涅槃」は、諸行の形成作用が止滅した状態です。
道・果・智のような「心」は停止しています。
「観察智」は、振り返って観察するもので、「道心」、「果心」、「捨断した煩悩」、「残りの煩悩」、「涅槃」の5種を対象とするので、「五観察」と呼ばれます。
これによって、「道心」、「果心」をしっかりしたものにします。
「観察智」は、四沙門×五観察-1の19の観察で構成されます。
阿羅漢には、「残りの煩悩」がないので、-1です。
「預流」では、「三結(有身見・疑・戒禁取)」の煩悩が克服されます。
我が存在するという見解、仏教などに対する疑い、間違った修行法へのこだわりです。
「一来」では、「貪(欲)」、「瞋(怒り)」、「癡(無知)」の煩悩が減少します。
ここからは、北伝や大乗仏教の「修道段階」に当たると思います。
「不還」では、「貪」、「瞋」の煩悩が克服されます。
「阿羅漢」では、「五上分結(色貪・無色貪・悼挙・慢・無明)」の煩悩が克服されます。
「色貪・無色貪」は、「色界・無色界」への存在欲です。
そして、落ち着きのなさ、慢心、根源的な無知です。
これですべての煩悩がなくなります。
「清浄道論」では、4つの道智の各一瞬に「四諦」を知ります。
「四諦」を一瞬に知るので、「四諦一時顕現説」と呼ばれます。
また、認識の対象は諸行の無常であって、「四諦」は認識の結果として生じると考えます。
五観察の中では「涅槃」を対象にしますが、それ以外では、認識の対象はあくまで無常な諸行なのです。
また4つの作用によって、四諦を16行相から知ります。
4つの作用は、「苦諦の遍知」、「集諦(煩悩)の放棄」、「滅諦(涅槃)の作証」、「道諦の修習」です。
「苦諦の遍知」とは、3種の遍知、つまり、知遍知、度遍知、断遍知です。
「集諦の放棄」とは、煩悩の3種の遮断、つまり、鎮伏、彼分、正断です。
「滅諦の作証」とは、3種の作証、つまり、世間、出世間の見と修です。
「道諦の修習」とは、2種の道、つまり、世間の修習、出世間の修習です。
「四諦十六行相」は、「苦」が「圧迫・有為・熱苦・変化」の4相、「集」が「実行・縁・束縛・障害」の4相、「滅」が「出離・遠離・無為・不死」の4相、「道」が「出離・因・見・増上」のの4相です。
「行道智見清浄」は、正しい修行の過程を知る段階です。
実際には、諸行の苦・無常・無我を認識し、執着を脱する過程を進みます。
具体的には、「八智」と呼ばれる8つの智と、総まとめ的な「随順智(第9智)」、さらに次の「智見清浄」へ移行段階の「種姓智」も加えると、全部で10智になります。
1 「生滅随観智」は、「道非道智見清浄」でも行いましたが、ここでは、「十観随染」を終えているので、心の汚れなしに「生滅」を観察する段階です。
2 「壊滅随観智」は、諸行の「滅」だけを観察します。
この智から後は、執着をなくす知である「断遍知」の段階になります。
3 「怖畏現起智」は、過去・現在・未来の諸行は滅すことを観察して恐れの心を抱きます。
4 「過患随観智」は、諸行に対して危険であると感じます。
5 「厭離随観智」は、諸行に対して嫌悪の心を抱きます。
以上3-5の3智は実際には一体です。
6 「脱欲智」は、諸行から解放されたいという心を抱きます。
7 「省察(思惟)随観智」は、諸行を「無常」、「苦」、「不浄」、「無我」…など53(or40)行相から観察します。
8 「行捨智」は、諸行を2、4、6、8、12、42と順次拡大した行相から「空」であると見て、関心を捨て去ります。
以上6-8の3智は実際には一体です。
この段階を終えると、三解脱門(無相解脱、無願解脱、空解脱)のいずれかから出世間道に入ることが決定します。
それぞれの門は無常・苦・無我のそれぞれの認識を為していることによります。
9 「随順智」は、これまでの8智と、「智見清浄」で完成する「三十七菩提分法」を認識する智で、2~4刹那だけで終わる移行的な段階です。
これによって、真理を隠蔽する心の汚れを取り除きます。
10 「種姓智」は、次の「智見清浄」の段階、つまり、聖者への移行の智です。
凡夫(有漏・世間)から聖者(無漏・出世間)に移行する、1刹那だけで終わります。
形を離れた「涅槃」を対象にする智です。
<智見清浄>
「智見清浄」は、無漏の出世間智による聖者の段階です。
三相(苦・無常・無我)を認識して、煩悩を離れます。
四諦を一瞬(実際には4つの一瞬)にして知り、涅槃に至ります。
北伝や大乗仏教の「見道段階」以降に当たると思います。
「智見清浄」は、大きくは、四つの沙門の段階に分かれます。
>「預流(須陀洹)」→「一来(斯陀含)」→「不還(阿那含)」→「阿羅漢」
です。
そして、それぞれが「道心(道智)」、「果心」、「観察智」の3段階で構成されます。
「道心」は、出世間定によって、煩悩を突き破る一刹那の間だけの心で、「涅槃」を対象とします。
無相を対象として、形から抜け出ます。
「果心」は、「道心」の後に生まれる、煩悩を捨てた1~3刹那の一瞬の間の心です。
ちなみに、「涅槃」は、諸行の形成作用が止滅した状態です。
道・果・智のような「心」は停止しています。
「観察智」は、振り返って観察するもので、「道心」、「果心」、「捨断した煩悩」、「残りの煩悩」、「涅槃」の5種を対象とするので、「五観察」と呼ばれます。
これによって、「道心」、「果心」をしっかりしたものにします。
「観察智」は、四沙門×五観察-1の19の観察で構成されます。
阿羅漢には、「残りの煩悩」がないので、-1です。
「預流」では、「三結(有身見・疑・戒禁取)」の煩悩が克服されます。
我が存在するという見解、仏教などに対する疑い、間違った修行法へのこだわりです。
「一来」では、「貪(欲)」、「瞋(怒り)」、「癡(無知)」の煩悩が減少します。
ここからは、北伝や大乗仏教の「修道段階」に当たると思います。
「不還」では、「貪」、「瞋」の煩悩が克服されます。
「阿羅漢」では、「五上分結(色貪・無色貪・悼挙・慢・無明)」の煩悩が克服されます。
「色貪・無色貪」は、「色界・無色界」への存在欲です。
そして、落ち着きのなさ、慢心、根源的な無知です。
これですべての煩悩がなくなります。
「清浄道論」では、4つの道智の各一瞬に「四諦」を知ります。
「四諦」を一瞬に知るので、「四諦一時顕現説」と呼ばれます。
また、認識の対象は諸行の無常であって、「四諦」は認識の結果として生じると考えます。
五観察の中では「涅槃」を対象にしますが、それ以外では、認識の対象はあくまで無常な諸行なのです。
また4つの作用によって、四諦を16行相から知ります。
4つの作用は、「苦諦の遍知」、「集諦(煩悩)の放棄」、「滅諦(涅槃)の作証」、「道諦の修習」です。
「苦諦の遍知」とは、3種の遍知、つまり、知遍知、度遍知、断遍知です。
「集諦の放棄」とは、煩悩の3種の遮断、つまり、鎮伏、彼分、正断です。
「滅諦の作証」とは、3種の作証、つまり、世間、出世間の見と修です。
「道諦の修習」とは、2種の道、つまり、世間の修習、出世間の修習です。
「四諦十六行相」は、「苦」が「圧迫・有為・熱苦・変化」の4相、「集」が「実行・縁・束縛・障害」の4相、「滅」が「出離・遠離・無為・不死」の4相、「道」が「出離・因・見・増上」のの4相です。
世間智・有漏 | 知遍知 | 見清浄 | 分別智 |
度疑清浄 | 法住智・如実智 | ||
度遍知 | 道非道智見清浄 | 聚思惟 | |
生滅随観智 | |||
行道智見清浄 | 生滅随観智 | ||
度遍知・断遍知 | 壊滅随観智 | ||
| 怖畏智 | |||
過患随観智 | |||
厭離随観智 | |||
脱欲智 | |||
省察髄観智 | |||
行捨智 | |||
随順智 | |||
断遍知 | 種姓智 | ||
出世間智・無漏 | 智見清浄 | 預流道智 | |
一来道智 | |||
不還道智 | |||
阿羅漢道智 |