仏教の瞑想法と修行体系 -43ページ目

「倶舎論」(説一切有部系):総論

北方インドで中心的な勢力を持ち、北伝の大乗仏教の修行や思想に大きな影響を与えたのが「説一切有部」、あるいはその一派である「経量部」です。

「阿毘達磨倶舎論(以下、倶舎論)」は、4~5世紀に、世親(ヴァズヴァンドゥ)が書いたもので、北伝のアビダルマ論書として最も有名な書の一つです。
例えば、チベット最大のゲルグ派では、僧の多くは「倶舎論」を4年かけて勉強するそうです。

説一切有部の「発智論」「大毘婆沙論」をベースにしながら、それを軽量部の立場から批判しながら書きました。
ちなみに世親はその後、大乗仏教の唯識派に転向し、唯識派でも重要な論書を残しています。

この項では、北伝アビダルマの修行体系の例として取り上げます。

「倶舎論」では修行階梯は「三道」で構成されますが、実際には準備段階を入れると5段階で構成されます。
「順解脱分」→「順決択分」→「見道」→「修道」→「無学道」の5つです。
この5段階は大乗仏教にも受け継がれ、「五道」と言われます。
大乗では「順解脱分」は「資糧道」、「順決択分」は「加行道」と呼ばれます。

五道の体系は、順序としては「戒」→「定(止)」→「慧(観)」の「三学」を継承しています。

しかし、最初の「順解脱分」の段階で、すでに「戒」、「定」を終えて「観」の段階に入ります。
上座部の「清浄道論」で言えば、「戒清浄」、「心清浄」、「見清浄」、「度疑清浄」までが相当するでしょう。

「順決択分」は「清浄道論」で言えば「道非道智見清浄」、「行道智見清浄」に相当するでしょう。
「見道」からは聖者の段階で、「清浄道論」で言えば「智見清浄」の前半で、預流果までに当たります。
「修道」の段階は「智見清浄」の後半で、阿羅漢向までに当たります。
「無学道」は阿羅漢果です。

「三転十二行相」で言えば、「見道」が「示転」、「修道」が「勧転」、「無学道」が「証転」に当たります。

「倶舎論」では「止」に関しては、四禅、四無色、四無量、十遍などが説かれますが、修行階梯の中では「不浄観」、「持息観(安般念)」、「四念住(四念処)」しか説かれません。
ただ、一般に説一切有部では「界差別」も加えて、3つが「観」の「四念住」の前段階の瞑想行とされます。

禅支も上座部の「清浄道論」とは異なり、次のようになります。

 ・初禅 :尋・伺・喜・楽・三昧
 ・第二禅:内等浄(内なる清浄=信)・喜・楽・一境性
 ・第三禅:捨・正念・正智・楽・三昧
 ・第四禅:不苦不楽・捨清浄・念清浄・三昧

また、「三昧」では「止」「観」が均衡するとします。

「倶舎論」の「観」の特徴は、とにかく「四諦」の観察を繰り返すことです。
「清浄道論」では諸行を対象として観察の結果として「四諦」を認識を一挙に得るのに対して、「倶舎論」は「四諦」を対象とし、順次認識を得るとします。

この点で、「清浄道論」よりも、「原始仏典」、部派の伝統に沿っています。

そして、まず知的煩悩を絶ち、次に情的煩悩を絶つとして、2つを段階的に明確に区別することです。
「清浄道論」で言えば、度遍知と断遍知に相当します。

情的煩悩を絶つには三昧が必要とします。

また、煩悩を絶つに当たって、欲界から色界、無色界へと順に煩悩を絶っていくこと、そしてそれぞれの段階でも煩悩のレベルによって上から下へ、あるいは下から上へと順に煩悩を絶つとして細かく段階分けをしていることです。

また、細かい点ですが、法と煩悩の数え方にも違いがあります。
名法に関しては「清浄道論」が52心所・89心に対して、「倶舎論」は46心所・1心です。
色法に関しては、「清浄道論」が28色に対して、「倶舎論」は11色です。

また、「倶舎論」は心と色の間の関係としての心不相応14を立てます。
煩悩に関しては「清浄道論」が10結に対して、「倶舎論」は98随眠です。

要素(界)に関しては、「清浄道論」が4大(界)に対して、「倶舎論」は「空」、「識」を加えて6大(界)とします。
十遍に関しては、「清浄道論」の「光遍」の変わりに、「倶舎論」では「識無辺処遍」があります。

◆上座部「清浄道論」◆説一切有部系「倶舎論」
戒清浄順解脱分(資糧道)
・戒
・三賢の止
・三賢の観
心清浄
見清浄
度疑清浄
道非道智見清浄順決択分(加行道)
行道智見清浄
智見清浄見道
修道
無学道