究竟次第の背景思想
後期密教では、心のあり方と身体的な「気」のあり方が対応していると考えます。
「究竟次第」では、気をコントロールすることによって、心を静めたり、活性化し、煩悩をなくします。
後期密教は、「霊的生理学(気の身体論)」とでも表現できるような世界観を持っています。
「究竟次第」の瞑想法は、この「霊的生理学」をベースにして作られています。
「霊的生理学」は、肉体以外の霊的次元を含めた、階層的な理論です。
また、輪廻のプロセスを解明するものでもあり、死や性行為・出生の本質を、その霊的レベルから解明するものでもあります。
霊的な(気の)身体構造の階層は意識の階層と対応しています。
つまり、意識においては、根源的な母体(空)から、「意味の種」と言うべき「光」や「音」、「種子」を経て原型的、象徴的な動的なイメージが生まれ、最終的に固定した言葉やイメージで作られた日常的な認識世界が生まれます。
これと同様に、気の身体は、「気の身体の種(心滴=ティクレ、ビンドゥ)」の状態から、骨格となる主要な気の脈管(ツァ、ナーディー)が生まれ、最終的に全身を流れる脈管としての気の身体が作られます。
そして、気が末端的な場所・構造にある時は、意識も日常的であり、気が根源的な場所・構造にある時には、意識も根源的になります。
また、煩悩があると、気の流れる脈管が詰まったりしますが、逆に気やその流れを浄化すると煩悩がなくなります。
死から再生に至るプロセスを説明しながら、後期密教の「霊的生理学」を紹介しましょう。
各流派によって異なるのですが、ここでは、チベット仏教ゲルグ派の、「死者の書」や聖者流「秘密集会タントラ」をベースにして、それに「カーラチャクラ・タントラ」の説を付加して説明します。
<気の身体構造>
まず、基本的な考え方として、輪廻のサイクルと仏の三身には以下の対応があります。
・死 :法身(智の体):極微細なレベル
・中有:報身(魂の体):微細なレベル
・生 :変化身(肉体):粗大なレベル
ちなみに、「カーラチャクラ・タントラ」ではこれが四身の対応で考えられました。
・受胎:性交:倶生身(真理の体)
・死 :熟睡:法身(智の体)
・中有:睡眠:報身(魂の体)
・生 :覚醒:変化身(肉体)
また、霊的身体の構造は、経典によって異なりますが、例えば、下記のようなものがあります。
●主要な脈管とチャクラ
・「中央管(ウマ、アヴァドゥーティー)」:上端は頭頂を通って眉間(さらに鼻孔)まで伸び、下端は性器の先端まで伸びる。
通常の意識の状態では、気(風、ルン、プラーナ)が流れていない。
・「右管(ロマ、ラサナー)」・「左管(キャンマ、ララナー)」:頭頂、喉、へそ、性器付け根のチャクラの位置で1回ずつ、胸のチャクラの上下で2、あるいは3回中央管にからみつき、結び目になっているため、中央管の中に気が流れない。
通常の意識の状態では左右管を中心にして全身に気が流れている。
・チャクラは横に広がる脈管です。
頭頂、喉、胸、へそ、性器付け根それぞれのチャクラは、32、16、8、64、32本に分かれる脈管を持っています。
そして、頭頂と胸のチャクラの脈管は傘の軸が下向いているように、喉と臍のチャクラは上向きになっています。
父タントラの「秘密集会タントラ」は以上のように5輪説ですが、母タントラの「へーヴァジュラ・タントラ」、「チャクラサンヴァラ・タントラ」は性器付け根のチャクラがない4輪説、「カーラチャク・タントラ」は眉間のチャクラも入れて6輪説です。
ヒンドゥー・タントラでは、頭頂のチャクラをシヴァ、性器付け根のチャクラに眠るエネルギーのクンダリニーをシャクティ女神とし、シャクティがシヴァに復帰・合一することを重視します。
しかし、仏教タントラでは、頭頂のチャクラにある心滴、チャクラから垂れる「甘露」を主尊ヘールカ、ヘソのチャクラにある心滴、その火(チャンダリーの火)を明妃ヴァジュラ・ヴァーラーヒなどとし、ヘールカが体中の脈管をめぐることを重視します。
脈管はそれぞれが明妃(ダキニ)とされるため、ヘールカが様々な明妃と合一することになります。
●心滴(ティクレ、ビンドゥ)
・「不滅の心滴」:胸にチャクラの位置にある小さな気の身体の種で、上半分が白、下半分が赤。
この中には「極微な意識(一切空の意識)」、「極微な気」が入っていて、通常は眠っている状態だが、これが輪廻の主体となる。
・「白い(化作の)心滴」:頭頂のチャクラの位置にあり、父親から由来する。
これを融解したものを「菩提心」、「甘露」、「精液」と呼ぶ。
・「赤い(秘密の)心滴」:へそのチャクラの位置にあり、母親から由来する。
これを融解したものを「チャンダリーの火」、「智恵の火」、「経血」と呼ぶ。
ちなみに「カーラチャクラ・タントラ」は眉間のチャクラの位置にも心滴を考え、これらを浄化すると、上記の四身になると考えます。
<死のプロセスと死のヨガ>
死に際しては、順に、以下のような現象が起こります。
1 全身の脈管の中の気がすべて左右管の中に入る
2 中央管の中に入る
3 不滅の心滴の中に入り、極微の気・意識が目覚める
より詳しくは、下記のようになります。
まず、五蘊が順に崩壊していきます。
1 色蘊・地のエレメントが崩壊する時、「陽炎のようなヴィジョン」を見る
2 受蘊・水のエレメントが崩壊する時、「煙のようなヴィジョン」を見る
3 想蘊・火のエレメントが崩壊する時、「蛍のようなヴィジョン」を見る
4 行蘊・風のエレメントが崩壊する時、「灯明のようなヴィジョン」を見る
以上の4つのヴィジョンは「四相」と呼ばれます。
この段階でまでで、全身の気が左右管の中に入り、識蘊の中の80の粗大な心(通常の意識)が崩壊します。
次に、識蘊の中の微細な3種類の心が順に崩壊し、極微な意識が目覚めます。
5 33の真っ白に現れた心が崩壊する時、月光が照るような清浄な白いヴィジョンを見る
この時、胸より上の左右管の中の気が中央管に上の穴から入り、頭頂の左右管の結び目がほどける。
頭頂のチャクラの中にある白い心滴が胸のチャクラの上まで降りて来る。
この時のヴィジョンは「顕明」、「空」と呼ばれる。
6 40の真っ赤に輝く心が崩壊する時、太陽の光が満たすような晴朗なヴィジョンを見る
この時、胸より下の左右管の中の気が中央管の下の穴から入り、性器の付け根にある左右管の結び目がほどける。
へそのチャクラの中の赤い心滴が胸のチャクラの下まで昇ってくる。
この時のヴィジョンは「顕明増輝」、「極空」と呼ばれる。
7 7真っ黒に近づいた心が崩壊する時、晴天に暗い暗黒が満ちたようなヴィジョンを見る
この時、中央管の中の気が胸に集まり、胸チャクラの上下の結び目がほどかれ、白・赤の心滴が不滅の心滴に触れる。
この時のヴィジョンは「近得」、「大空」と呼ばれる。
こうして、すべての気と赤・白の心滴が不滅の心滴に溶け込み、微細な意識がすべて崩壊すると、完全な暗黒の状態になる。
8 極微の気と極微の意識が目覚め、きわめて晴朗で清浄なヴィジョンを見る
この時のヴィジョンは「死の光明」、「一切空」と呼ばれる。
以上の4つのヴィジョン・体験は「四空」と呼ばれます。
厳密には、「死」は最後の一瞬のみを指します。
一般の人が死後に体験する「死の光明」は、「母の光明」と呼ばれます。
しかし、これを意識することはできません。
修行者が「究竟次第」の瞑想によってこれを疑似体験した場合、それを「子の光明」、「譬えの光明」と呼びます。
修行者が死後に「死の光明」を体験した時に、意識的に両方の側面が合わせることができた場合、「母子の光明の混合」と呼びます。
修行者が瞑想で「譬えの光明」と完全な「空」の認識と合わせた場合、「勝義の光明」と呼び、これによって「法身」が獲得されます。
このように、死に際して、「四相」と「四空」を順に体験しながら、煩悩性の粗大な意識から、微細な意識、煩悩のない極微な意識へと至ります。
父タントラ系が重視する「究竟次第」の瞑想では、この死のプロセスをシミュレートします。
本行では、まず、「風のヨガ」を行います。
胸のチャクラの中の「不滅の心滴」の場所に「ア字の読点」を観想し、「オーム(入る音)」、「アーハ(住する音)」、「フーム(出る音)」の3つの種字の「金剛念誦」を唱えながら、胸のチャクラの上下にまきついている左右の脈管をゆるめて、プラーナを上部から中央管へ、そして胸のチャクラに入れたり、出したりします。
これによって「四相(五相)」を体験します。
次に、自分=仏を虚空に溶けこませる「随滅」の観想を行いながら、「聚執(塊取、ピンダグラーハ)」と呼ばれる瞑想法によって、全身のプラーナを胸の心滴に収束させます。
これによって、「四空」を体験します。
そして、「光明」の体験とともに「空」の認識を得ることで、「法身」を獲得することができます。
「光明」ともに獲得される「空」は、「微細な空」と呼ばれ、大乗の「空」よりも優れたものとされます。
<中有のプロセス>
死後3日ほどで肉体にあった不滅の心滴から、白い心滴が離れて性器の先から、赤い心滴が離れて鼻から対外に排出され、肉体は腐り始めます。
同時に、不滅の心滴は開かれ、極微の意識と気が外に出ていき、中有の身体が誕生します。
これは意識と気でできた「意成身」と呼ばれる魂の体です。
この時、死に際した時と逆の過程を経て、3つの空のヴィジョンを体験します。
中有の体は、7日ほどの寿命です。
7日ごとに死と、中有の体の再生を繰りかえします。
最大で7回、49日の間、中有に留まります。
父タントラ系が重視する「究竟次第」では、この中有のプロセスをシミュレートします。
瞑想によって不滅の心滴から気を逆流して流出させて、魂の体の「意成身」を生み出します。
これを「幻身」と呼びます。
完全な「空」の認識を得ると、この「幻身」は消滅します。
再度、「幻身」を生み出すと、それは清浄な「幻身」となり、「報身」が獲得されます。
「法身」=「空」の認識と、「報身」の両方を獲得することを「双入」と呼びます。
これは、「智恵」と「方便」の一体、「等引智」と「後得智」の獲得に相当します。
<受胎のプロセスと性のヨガ>
再生を前にした中有の者は、父と母の性行を見ると、どちらかに欲望、一方に怒りを感じます。
そして、中有の身体は死に、母の子宮に入ります。
父と母は、性行によって、ヘソのチャクラに「チャンダリーの火」と呼ばれる熱が発生し、父母から白・赤の心滴の融解液が放出され、子宮の中で混ざり、そこに中有の者の意識が入り込みます。
父の頭頂もしくは口から入って、子宮に至るという説と、最初から子宮に入るという説があります。
同時に、死の際と同様に「死の光明」を体験します。
次に逆行して「近得」以下のヴィジョンを得ますが、「近得」の瞬間が「生有」と呼ばれる「受胎」の瞬間です。
父母の心滴が混ざったものが再生する者の「不滅の心滴」となります。
そこから順次、中央管、左右管、全身の脈管、肉体が作られていきます。
また、不滅の心滴から一部が頭頂とヘソのチャクラへと分かれて行き、「白・赤の心滴」になり、それぞれが全身を滋養します。
サンヴァラ系などの母タントラが重視する「究竟次第」の瞑想では、この受胎につながる「性」のプロセスをシミュレートする瞑想を行います。
この瞑想では、4つのチャクラに「種字(象徴的な梵字)」を観想してチャクラに集中することで、気を中央管に導き入れたり、心滴の融解液を生みます。
まず、呼吸と共に気を左右管に入れ、次に、中央管内のチャクラに種字を観想して意識を集中し、肛門、尿道からも気を吸い込みつつ、左右管から気を中央管に入れ、ヘソのチャクラの場所に「瓶」があるとイメージし、そこに気を留めます。
気を中央管に入ると、微細な気に融解し、死に向かう時に経験するヴィジョン「五相」を体験します。
最後に、中央管を気がゆっくり上昇すると想像して、プラーナを外に輩出します。
これを「瓶ヨガ」と呼びます。
次に、「火のヨガ(チャンダリーの火、ビンドゥ・ヨガ)」を行います。
ヘソのチャクラの「赤い心滴」に集中して気を集めることで、それを発熱・発火させます。
ちなみに、初期のハタ・ヨガでは、このヘソの位置にクンダリニーが眠っているとされていました。
次に、「チャンダリーの火」を発火させた後、ないしは、それを上昇させた後に、頭頂のチャクラの「白い心滴」を融解させた「菩提心(甘露)」を中央管の中を通ってヘソのチャクラ、ないし、男根の先まで下降させます。
「菩提心」を体中の脈管に流すことは、象徴的にはヘールカが様々な明妃と合体することと同じとされます。
また、「火のヨガ」を行う中で、発火した「赤い心滴」と融解した「白い心滴」が混合するので、これは父と母の性行為によって両心滴が混合し、そこに受胎することのシミュレートとなります。
中央管内を「チャンダリーの火」を上昇させたり、「甘露」を下降させる時に、各チャクラで順次高まっていく「歓喜」を体験します。
これを「四歓喜」と呼び、最後の最高の歓喜を「倶生歓喜」とか「大楽」と呼びます。
この「大楽」の体験に「空」の認識を加えて得られる智恵を「楽空無別の智恵」と呼びます。
これによって三身を獲得します。
* 「チャクラサンヴァラ・タントラ」系の「究竟次第」では、「火」を上昇させた後、体外に排出し、それが一切如来の体内の中央管を通って、一切如来の「火」や「甘露」と一体化させ、それを再度、行者に流入させると観想します。
「火」の体外排出に関しては、実際に行うのでしょう。
* 「チャクラサンヴァラ・タントラ」系の流派によっては、「チャンダリーの火」の前に、「風のヨガ」の一種によって、感覚器官の浄化を行います。
まず、5感覚器官(目、耳、舌、鼻、性器)に観想した「心滴」と共にプラーナを胸の心滴に流入させます。
その後、観想した金剛杵(法源の中にある)と共にプラーナを逆流させ、胸の「心滴」から感覚器官へと送ります。
* ターラ尊を本尊とする母タントラなどでは、胸に観想し虹色のターラ尊から虹光が流出して、中央管、身体全体、世界全体に広がる観想を行うとなどして、「虹身」と呼ばれる特別な身体を獲得します。
* 「カーラチャクラ・タントラ」では、一つの心滴(の融解液)が一つの気、一つの煩悩(業)を浄化すると考え、赤白の21,600の心滴によって中央管を満たして、すべての業の気を浄化し、「空色身」、仏の四身を獲得するとします。
「究竟次第」では、気をコントロールすることによって、心を静めたり、活性化し、煩悩をなくします。
後期密教は、「霊的生理学(気の身体論)」とでも表現できるような世界観を持っています。
「究竟次第」の瞑想法は、この「霊的生理学」をベースにして作られています。
「霊的生理学」は、肉体以外の霊的次元を含めた、階層的な理論です。
また、輪廻のプロセスを解明するものでもあり、死や性行為・出生の本質を、その霊的レベルから解明するものでもあります。
霊的な(気の)身体構造の階層は意識の階層と対応しています。
つまり、意識においては、根源的な母体(空)から、「意味の種」と言うべき「光」や「音」、「種子」を経て原型的、象徴的な動的なイメージが生まれ、最終的に固定した言葉やイメージで作られた日常的な認識世界が生まれます。
これと同様に、気の身体は、「気の身体の種(心滴=ティクレ、ビンドゥ)」の状態から、骨格となる主要な気の脈管(ツァ、ナーディー)が生まれ、最終的に全身を流れる脈管としての気の身体が作られます。
そして、気が末端的な場所・構造にある時は、意識も日常的であり、気が根源的な場所・構造にある時には、意識も根源的になります。
また、煩悩があると、気の流れる脈管が詰まったりしますが、逆に気やその流れを浄化すると煩悩がなくなります。
死から再生に至るプロセスを説明しながら、後期密教の「霊的生理学」を紹介しましょう。
各流派によって異なるのですが、ここでは、チベット仏教ゲルグ派の、「死者の書」や聖者流「秘密集会タントラ」をベースにして、それに「カーラチャクラ・タントラ」の説を付加して説明します。
<気の身体構造>
まず、基本的な考え方として、輪廻のサイクルと仏の三身には以下の対応があります。
・死 :法身(智の体):極微細なレベル
・中有:報身(魂の体):微細なレベル
・生 :変化身(肉体):粗大なレベル
ちなみに、「カーラチャクラ・タントラ」ではこれが四身の対応で考えられました。
・受胎:性交:倶生身(真理の体)
・死 :熟睡:法身(智の体)
・中有:睡眠:報身(魂の体)
・生 :覚醒:変化身(肉体)
また、霊的身体の構造は、経典によって異なりますが、例えば、下記のようなものがあります。
●主要な脈管とチャクラ
・「中央管(ウマ、アヴァドゥーティー)」:上端は頭頂を通って眉間(さらに鼻孔)まで伸び、下端は性器の先端まで伸びる。
通常の意識の状態では、気(風、ルン、プラーナ)が流れていない。
・「右管(ロマ、ラサナー)」・「左管(キャンマ、ララナー)」:頭頂、喉、へそ、性器付け根のチャクラの位置で1回ずつ、胸のチャクラの上下で2、あるいは3回中央管にからみつき、結び目になっているため、中央管の中に気が流れない。
通常の意識の状態では左右管を中心にして全身に気が流れている。
・チャクラは横に広がる脈管です。
頭頂、喉、胸、へそ、性器付け根それぞれのチャクラは、32、16、8、64、32本に分かれる脈管を持っています。
そして、頭頂と胸のチャクラの脈管は傘の軸が下向いているように、喉と臍のチャクラは上向きになっています。
父タントラの「秘密集会タントラ」は以上のように5輪説ですが、母タントラの「へーヴァジュラ・タントラ」、「チャクラサンヴァラ・タントラ」は性器付け根のチャクラがない4輪説、「カーラチャク・タントラ」は眉間のチャクラも入れて6輪説です。
ヒンドゥー・タントラでは、頭頂のチャクラをシヴァ、性器付け根のチャクラに眠るエネルギーのクンダリニーをシャクティ女神とし、シャクティがシヴァに復帰・合一することを重視します。
しかし、仏教タントラでは、頭頂のチャクラにある心滴、チャクラから垂れる「甘露」を主尊ヘールカ、ヘソのチャクラにある心滴、その火(チャンダリーの火)を明妃ヴァジュラ・ヴァーラーヒなどとし、ヘールカが体中の脈管をめぐることを重視します。
脈管はそれぞれが明妃(ダキニ)とされるため、ヘールカが様々な明妃と合一することになります。
●心滴(ティクレ、ビンドゥ)
・「不滅の心滴」:胸にチャクラの位置にある小さな気の身体の種で、上半分が白、下半分が赤。
この中には「極微な意識(一切空の意識)」、「極微な気」が入っていて、通常は眠っている状態だが、これが輪廻の主体となる。
・「白い(化作の)心滴」:頭頂のチャクラの位置にあり、父親から由来する。
これを融解したものを「菩提心」、「甘露」、「精液」と呼ぶ。
・「赤い(秘密の)心滴」:へそのチャクラの位置にあり、母親から由来する。
これを融解したものを「チャンダリーの火」、「智恵の火」、「経血」と呼ぶ。
ちなみに「カーラチャクラ・タントラ」は眉間のチャクラの位置にも心滴を考え、これらを浄化すると、上記の四身になると考えます。
<死のプロセスと死のヨガ>
死に際しては、順に、以下のような現象が起こります。
1 全身の脈管の中の気がすべて左右管の中に入る
2 中央管の中に入る
3 不滅の心滴の中に入り、極微の気・意識が目覚める
より詳しくは、下記のようになります。
まず、五蘊が順に崩壊していきます。
1 色蘊・地のエレメントが崩壊する時、「陽炎のようなヴィジョン」を見る
2 受蘊・水のエレメントが崩壊する時、「煙のようなヴィジョン」を見る
3 想蘊・火のエレメントが崩壊する時、「蛍のようなヴィジョン」を見る
4 行蘊・風のエレメントが崩壊する時、「灯明のようなヴィジョン」を見る
以上の4つのヴィジョンは「四相」と呼ばれます。
この段階でまでで、全身の気が左右管の中に入り、識蘊の中の80の粗大な心(通常の意識)が崩壊します。
次に、識蘊の中の微細な3種類の心が順に崩壊し、極微な意識が目覚めます。
5 33の真っ白に現れた心が崩壊する時、月光が照るような清浄な白いヴィジョンを見る
この時、胸より上の左右管の中の気が中央管に上の穴から入り、頭頂の左右管の結び目がほどける。
頭頂のチャクラの中にある白い心滴が胸のチャクラの上まで降りて来る。
この時のヴィジョンは「顕明」、「空」と呼ばれる。
6 40の真っ赤に輝く心が崩壊する時、太陽の光が満たすような晴朗なヴィジョンを見る
この時、胸より下の左右管の中の気が中央管の下の穴から入り、性器の付け根にある左右管の結び目がほどける。
へそのチャクラの中の赤い心滴が胸のチャクラの下まで昇ってくる。
この時のヴィジョンは「顕明増輝」、「極空」と呼ばれる。
7 7真っ黒に近づいた心が崩壊する時、晴天に暗い暗黒が満ちたようなヴィジョンを見る
この時、中央管の中の気が胸に集まり、胸チャクラの上下の結び目がほどかれ、白・赤の心滴が不滅の心滴に触れる。
この時のヴィジョンは「近得」、「大空」と呼ばれる。
こうして、すべての気と赤・白の心滴が不滅の心滴に溶け込み、微細な意識がすべて崩壊すると、完全な暗黒の状態になる。
8 極微の気と極微の意識が目覚め、きわめて晴朗で清浄なヴィジョンを見る
この時のヴィジョンは「死の光明」、「一切空」と呼ばれる。
以上の4つのヴィジョン・体験は「四空」と呼ばれます。
厳密には、「死」は最後の一瞬のみを指します。
一般の人が死後に体験する「死の光明」は、「母の光明」と呼ばれます。
しかし、これを意識することはできません。
修行者が「究竟次第」の瞑想によってこれを疑似体験した場合、それを「子の光明」、「譬えの光明」と呼びます。
修行者が死後に「死の光明」を体験した時に、意識的に両方の側面が合わせることができた場合、「母子の光明の混合」と呼びます。
修行者が瞑想で「譬えの光明」と完全な「空」の認識と合わせた場合、「勝義の光明」と呼び、これによって「法身」が獲得されます。
このように、死に際して、「四相」と「四空」を順に体験しながら、煩悩性の粗大な意識から、微細な意識、煩悩のない極微な意識へと至ります。
父タントラ系が重視する「究竟次第」の瞑想では、この死のプロセスをシミュレートします。
本行では、まず、「風のヨガ」を行います。
胸のチャクラの中の「不滅の心滴」の場所に「ア字の読点」を観想し、「オーム(入る音)」、「アーハ(住する音)」、「フーム(出る音)」の3つの種字の「金剛念誦」を唱えながら、胸のチャクラの上下にまきついている左右の脈管をゆるめて、プラーナを上部から中央管へ、そして胸のチャクラに入れたり、出したりします。
これによって「四相(五相)」を体験します。
次に、自分=仏を虚空に溶けこませる「随滅」の観想を行いながら、「聚執(塊取、ピンダグラーハ)」と呼ばれる瞑想法によって、全身のプラーナを胸の心滴に収束させます。
これによって、「四空」を体験します。
そして、「光明」の体験とともに「空」の認識を得ることで、「法身」を獲得することができます。
「光明」ともに獲得される「空」は、「微細な空」と呼ばれ、大乗の「空」よりも優れたものとされます。
<中有のプロセス>
死後3日ほどで肉体にあった不滅の心滴から、白い心滴が離れて性器の先から、赤い心滴が離れて鼻から対外に排出され、肉体は腐り始めます。
同時に、不滅の心滴は開かれ、極微の意識と気が外に出ていき、中有の身体が誕生します。
これは意識と気でできた「意成身」と呼ばれる魂の体です。
この時、死に際した時と逆の過程を経て、3つの空のヴィジョンを体験します。
中有の体は、7日ほどの寿命です。
7日ごとに死と、中有の体の再生を繰りかえします。
最大で7回、49日の間、中有に留まります。
父タントラ系が重視する「究竟次第」では、この中有のプロセスをシミュレートします。
瞑想によって不滅の心滴から気を逆流して流出させて、魂の体の「意成身」を生み出します。
これを「幻身」と呼びます。
完全な「空」の認識を得ると、この「幻身」は消滅します。
再度、「幻身」を生み出すと、それは清浄な「幻身」となり、「報身」が獲得されます。
「法身」=「空」の認識と、「報身」の両方を獲得することを「双入」と呼びます。
これは、「智恵」と「方便」の一体、「等引智」と「後得智」の獲得に相当します。
<受胎のプロセスと性のヨガ>
再生を前にした中有の者は、父と母の性行を見ると、どちらかに欲望、一方に怒りを感じます。
そして、中有の身体は死に、母の子宮に入ります。
父と母は、性行によって、ヘソのチャクラに「チャンダリーの火」と呼ばれる熱が発生し、父母から白・赤の心滴の融解液が放出され、子宮の中で混ざり、そこに中有の者の意識が入り込みます。
父の頭頂もしくは口から入って、子宮に至るという説と、最初から子宮に入るという説があります。
同時に、死の際と同様に「死の光明」を体験します。
次に逆行して「近得」以下のヴィジョンを得ますが、「近得」の瞬間が「生有」と呼ばれる「受胎」の瞬間です。
父母の心滴が混ざったものが再生する者の「不滅の心滴」となります。
そこから順次、中央管、左右管、全身の脈管、肉体が作られていきます。
また、不滅の心滴から一部が頭頂とヘソのチャクラへと分かれて行き、「白・赤の心滴」になり、それぞれが全身を滋養します。
サンヴァラ系などの母タントラが重視する「究竟次第」の瞑想では、この受胎につながる「性」のプロセスをシミュレートする瞑想を行います。
この瞑想では、4つのチャクラに「種字(象徴的な梵字)」を観想してチャクラに集中することで、気を中央管に導き入れたり、心滴の融解液を生みます。
まず、呼吸と共に気を左右管に入れ、次に、中央管内のチャクラに種字を観想して意識を集中し、肛門、尿道からも気を吸い込みつつ、左右管から気を中央管に入れ、ヘソのチャクラの場所に「瓶」があるとイメージし、そこに気を留めます。
気を中央管に入ると、微細な気に融解し、死に向かう時に経験するヴィジョン「五相」を体験します。
最後に、中央管を気がゆっくり上昇すると想像して、プラーナを外に輩出します。
これを「瓶ヨガ」と呼びます。
次に、「火のヨガ(チャンダリーの火、ビンドゥ・ヨガ)」を行います。
ヘソのチャクラの「赤い心滴」に集中して気を集めることで、それを発熱・発火させます。
ちなみに、初期のハタ・ヨガでは、このヘソの位置にクンダリニーが眠っているとされていました。
次に、「チャンダリーの火」を発火させた後、ないしは、それを上昇させた後に、頭頂のチャクラの「白い心滴」を融解させた「菩提心(甘露)」を中央管の中を通ってヘソのチャクラ、ないし、男根の先まで下降させます。
「菩提心」を体中の脈管に流すことは、象徴的にはヘールカが様々な明妃と合体することと同じとされます。
また、「火のヨガ」を行う中で、発火した「赤い心滴」と融解した「白い心滴」が混合するので、これは父と母の性行為によって両心滴が混合し、そこに受胎することのシミュレートとなります。
中央管内を「チャンダリーの火」を上昇させたり、「甘露」を下降させる時に、各チャクラで順次高まっていく「歓喜」を体験します。
これを「四歓喜」と呼び、最後の最高の歓喜を「倶生歓喜」とか「大楽」と呼びます。
この「大楽」の体験に「空」の認識を加えて得られる智恵を「楽空無別の智恵」と呼びます。
これによって三身を獲得します。
* 「チャクラサンヴァラ・タントラ」系の「究竟次第」では、「火」を上昇させた後、体外に排出し、それが一切如来の体内の中央管を通って、一切如来の「火」や「甘露」と一体化させ、それを再度、行者に流入させると観想します。
「火」の体外排出に関しては、実際に行うのでしょう。
* 「チャクラサンヴァラ・タントラ」系の流派によっては、「チャンダリーの火」の前に、「風のヨガ」の一種によって、感覚器官の浄化を行います。
まず、5感覚器官(目、耳、舌、鼻、性器)に観想した「心滴」と共にプラーナを胸の心滴に流入させます。
その後、観想した金剛杵(法源の中にある)と共にプラーナを逆流させ、胸の「心滴」から感覚器官へと送ります。
* ターラ尊を本尊とする母タントラなどでは、胸に観想し虹色のターラ尊から虹光が流出して、中央管、身体全体、世界全体に広がる観想を行うとなどして、「虹身」と呼ばれる特別な身体を獲得します。
* 「カーラチャクラ・タントラ」では、一つの心滴(の融解液)が一つの気、一つの煩悩(業)を浄化すると考え、赤白の21,600の心滴によって中央管を満たして、すべての業の気を浄化し、「空色身」、仏の四身を獲得するとします。