あんなに、そんなに、こんなに

たくさんの数えきれない思い出が、

今という瞬間に結び付けられなくなったこと、

完結したのだという現実は、あまりにも、つらく

受け入れられません。

 

一度も会ったことがなくても、

一度も触ったことがなくても、

一度もその体の匂いを嗅いだことがなくても、

そのしぐさが、すべていとおしくてたまらない。

 

その動画は、いよいよ辛く、見ることが難しすぎました。

 

 

わたしたちは、この悲しみの淵からどうやって

這い上がればよいのでしょう。

 

 

かつての自分を、思い出します。

いや、今でも、そうだろうと思います。

 

みんなは、どうやって抜け出したのだろう。

 

抜け出すことなんか、できるの?

 

できた人、いるの?

 

人は、これ以上はないだろうという悲しみに出会うことがある。

 

どんなに、泣き叫んでも、涙が枯れても、眠らなくても・・・

 

その悲しみの現実は、そこにそのまま変わらない。

 

私には、無理。できない。耐えられない。・・・

 

それくらい、それくらい、辛い。

 

救いは、ないのか?

 

ひとりで、がんばる!なんて言葉があるけれど、

 

こんなに辛く、悲しいことをひとりでなんか

 

乗り越えやしない。

 

誰か、聞いて。 

 

一緒にそばにいて・・・

 

 

友はすでに、同じ悲しみを知っていた。

 

或いは、同じ悲しみを知ることになった。

 

共に抱き合い、涙する・・・

 

楽になるわけではなかった。

 

いとおしさが、さらに、さらに募っただけだったかもしれない。

 

でも、友とともに愛した子たちへ、あふれる感謝を

 

確かめ合った。

 

出逢えたことへの感謝、一緒に過ごせたことへの感謝、

・・・

 

人の命も、動物の命も、この果てしない広い宇宙の中で

 

ひとひらの花びらでしかない。

 

いやいや、もっともっと、小さな、埃の粒にもおよばない。

 

ひらひらと舞い、でも、キラキラと、日の光を浴びて輝く。

 

その瞬間は、まぶしいほど美しい。

 

私とあの子との幸せだった時も、キラッと光った

きらめきになっただろうか。

 

愛するものとの出会いは、この胸が張り裂けそうな幸せと

 

この胸が張り裂けそうな悲しみを くれた。

 

何が、よかったのか、悪かったのか

 

などという薄っぺらい価値観ではジャッジできない。

 

「かけがえのない」という言葉がふさわしい

 

私の「大切な宝物」であることだけは、確かだ。

 

 

アリスちゃん、素敵な素敵な子だったね。

 

阿蘇の大地が、あなたをきっと離さないね。

 

パパとママが、思い出たちを拾い集めて、

 

花束にして、お空に投げ飛ばすには、

 

当分かかりそうだよ。

 

だから、ゆっくりしていって。