ビートルズが Magical Mystery Tour を、クリームが Wheels Of Fire 、ジミ・ヘンドリックスが Electric Ladyland を発表。日本では人生ゲームが発売され一大ブームに。即席めんの出前一丁、サッポロ一番に舌鼓を打ち、ボンカレーの登場でお母さん大助かり。学生運動全盛期、東大安田講堂占拠、学生の母親たちはキャラメルを配る(「キャラメル・ママ」)などして、自重を呼びかけた。メキシコ・オリンピックの表彰式でこぶしを上げ人種差別に抗議したブラックパワー達。あしたのジョー、アタックNo1、タイガーマスク、ハレンチ学園、サインはVなどが週間漫画本で登場、テレビではゲゲゲの鬼太郎、巨人の星などが人気に。大卒初任給3万円の頃。白バイに乗ったモンタージュの男が三億円事件を起こした頃。9月末アメリカの人気グループ、モンキーズが来日した頃。若者はグループサウンズに失神していた頃、飛行船ツェッペリン号炎上のジャケットで登場したレッド・ツェッペリン。ヤードバーズの名前はもう必要ない! 衝撃的なハード・ロック・サウンドの始まり! レッド・ツェッペリンはファーストから聴こう! ベストなんてもったいない!
Set List: 01. Jumpin' Jack Flash
02. It's Only Rock 'n' Roll
03. Oh No, Not You Again
04. Let's Spend The Night Together
05. Tumbling Dice
06. Streets Of Love
07. Con Lie Me Lacrime (As Tears Go By)
08. Midnight Rambler
09. (Night Time Is) The Right Time
10. Before They Make Me Run (Keith)
11. Slipping Away (Keith)
12. Miss You (to B-stage)
13. Rough Justice (B-stage)
14. Under My Thumb (B-stage)
15. Honky Tonk Women (to main stage)
16. Sympathy For The Devil
17. Start Me Up
18. Brown Sugar
19. You Can't Alway Get What You Want (encore)
20. (I Can't Get No) Satisfaction (encore)
メンバーはミシガン州出身のマーク・ファーナー(Vo,Gui)、ドン・ブリューワー(Dr)、メル・サッチャー(Bass)、後にクレイグ・フロスト(KeyB)。ヴォーカル兼ギター、ベースとギターとドラムだけというシンプルなバンド編成で1969年7月にアトランタ・ポップ・フェスティバルでデビュー。
デビュー・アルバムは「グランド・ファンク・レイルロード登場 On Time」。デトロイトで行われたレッド・ツェッペリンのライブで前座を務める。70年にはセカンド・アルバム"Grand Funk"、サード・アルバム"Closer To Home"、二枚組のライブ・アルバム"Live Album"を次々に発表し、そのどれもがゴールド・アルバムとなる。
年末に行なわれたマジソン・スクェア・ガーデンでのコンサートには4万人以上の観客を動員して喝采を浴びる。わずか一年足らずで掴み取ったNO.1アメリカン・ハード・ロック・バンド。勢いに乗る彼らは、その後71年に、「サバイバル Survival」、「戦争をやめよう E Pluribus Funk」を発表。
マネージャー兼プロデューサーだったテリー・ナイトとバンドのメンバーの間に溝が生じ、それがついには訴訟問題にまで発展。初めて自分たちでプロデュースした1972年のアルバム「不死鳥 Phoenix」は不発。新プロデューサーに奇才トッド・ラングレンを招き、更に新メンバー、クレイグ・フロスト(KeyB)が加入。1973年に「We 're An American Band」を発表。シングル・カットされたタイトル曲は異例の全米ナンバー1ヒット(それまでシングル・チャートで10位代にすら入った事がなかった)。第2期グランド・ファンク・レイルロードのスタート。ハードロック・バンドのナンバー1から、ポップ・バンドのナンバー1に。次作「Shinin' On」もプロデュースを担当したトッド・ラングレン。ここからもオールディーズナンバーの「ロコ・モーション The Loco-Motion」をナンバー1ヒットさせた。
グランド・ファンク・レイルロードと言えばやはりライブ。1971年の雨が降りしきる中で決行した後楽園球場ライブ伝説はあまりにも有名。そして、1976年発表のライブ・アルバム「Caught In The Act」。
1946年1月6日、ケンブリッジ生れのシド・バレット(g,vo)。
カンバーウェル美術学校で絵画を専攻していた彼が、ロジャー・ウォーターズからグループ参加の声がかかったのは65年中頃、グループはピンク・フロイド・サウンドからやがてピンク・フロイドと名を改め、67年、シングル「アーノルド・レイン」でデビュー。歌詞が猥褻であることからBBCで放送禁止となる。デビューアルバム「夜明けの口笛吹(Piper At The Gates of Dawn)」をリリース。
繊細でエキセントリックな性格、ルックスはロック・スターの美しさ、時代はサイケデリック。 グループはシドを中心に動き出す。
壁が崩壊した日(A GREAT DAY FOR FREEDOM) 光を求めて(LET THERE BE MORE LIGHT) マン・オブ・ストーン/クリア・ブルー・スカイ (MAN OF STONE) ミナモト・ドリーム/ジェイド・ウォリアー (MINAMOTO'S DREAM) 戦争の犬(THE DOG OF WAR) 原子心母(ATOM HEART MOTHER) 炎(WISH YOU WERE HERE) アス・アンド・ゼム(US & THEM) アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール (ANOTHER BRICK IN THE WALL) ヘイ・ユー(HEY YOU) TBS(ロック魂の選曲より)