あの頃のロック魂! -12ページ目

あの頃のロック魂!

60年代後半から70年代にかけてブレイクしたロック!

zep5  1973年発表の5thアルバム。

1番好きなアルバムです。


前作で使用したローリング・ストーンズのヘッドリ・グランジ(ハンプシャーの古邸宅)が使えなかったが、ミック・ジャガーの別荘でレコーディングをする。

さすがローリング・ストーンズ!

また前作に引き続き、ジャケットに1文字も記されていない。

日本ではお馴染みだった「レコード襷(たすき)」。欧米ではこのアルバムで初めて使用したとか。。。 

児童ポルノ規制に厳しい米英がジャケットの子供のおしりを隠すために使用したらしい。

で、肝心の音の方ですが評論家からは「軟弱になったツェッペリン」とコケにされたが、何の何の前作の流れを汲む優れれた楽曲の数々! 

1番好きなアルバムです。


01 永遠の詩

02 レイン・ソング

03 丘のむこうに

04 クランジ

05 ダンシング・デイズ

06 ディジャ・メイク・ハー

07 ノー・クォーター

08 オーシャン



zep4  1971年発表の題名のない4thアルバム。


ロバート・プラントがレディングのがらくた屋から手に入れてきた、薪を背負った老人の絵が掛けられたアルバムジャケット。

レッド・ツェッペリンの代表曲「天国への階段」が収められている。ジミー・ページのアコギの爪弾きに始まりロバート・プラントの声が重なり、最後にハードに昇り詰める、という静のサウンドから動のサウンドへの融合。ジョン・ポール・ジョーンズ曰く、『このアルバムの後は誰も僕らをブラック・サバスとは比較しなくなった』との事。なお、この年9月に初来日しています。

オンステージもオフステージも凄かったらしい。。。


01 ブラック・ドッグ

02 ロックン・ロール

03 限りなき戦い

04 天国への階段

05 ミスティ・マウンテン・ホップ

06 フォー・スティックス

07 カリフォルニア

08 レビー・ブレイク

zep3  1970年発表の3rdアルバム。


前2作で決定付けられたハードロックバンドからの脱却。無限の可能性を秘めた音楽性を随所に表現したアルバム。前半は今まで通りのハードロック。後半はペイジ、プラント好みのアコースティックの音色。しかし、この音楽性をファンはなかなか受け入れてくれない。

世紀の問題作! ベストでは味わえない!


01 移民の歌

02 フレンズ

03 祭典の日

04 貴方を愛しつづけて

05 アウト・オン・ザ・タイルズ

06 ギャロウズ・ポール

07 タンジェリン

08 ザッツ・ザ・ウェイ

09 スノウドニアの小屋

10 ハッツ・オフ・トゥ・ロイ・ハーパー


 そして彼等レッド・ツェッペリンのサウンドは次作であの「天国への階段」へと繋げて行くのである。

zep2

 1969年発表の2ndアルバム。


ツアーで忙しい最中、人気に拍車をかけるためレコード会社が急がせ作成させたもの。しかし完成度は高い。さすがジミーさん。って言うか、1st作った段階で2ndもある程度出来ていたかのような出来栄え。ハードロック界の押しも押されぬNO1バンドになって行きます。


01 胸いっぱいの愛を

02 強き二人の愛

03 レモン・ソング

04 サンキュー

05 ハート・ブレイカー

06 リビング・ラビング・メイド

07 ランブル・オン

08 モビー・ディック

09 ブリング・イット・オン・ホーム


しかし、その才能がハードロックと言う範疇では収まりきらず、周知のイメージから脱却するため、レッド・ツェッペリンは次作「レッド・ツェッペリン III」において大きな路線転換を図ることとなります。

zep1  LED ZEPPELIN レッド・ツェッペリンの記念すべきデビュー・アルバム(1968年発表)。

ビートルズが Magical Mystery Tour を、クリームが Wheels Of Fire 、ジミ・ヘンドリックスが Electric Ladyland を発表。日本では人生ゲームが発売され一大ブームに。即席めんの出前一丁、サッポロ一番に舌鼓を打ち、ボンカレーの登場でお母さん大助かり。学生運動全盛期、東大安田講堂占拠、学生の母親たちはキャラメルを配る(「キャラメル・ママ」)などして、自重を呼びかけた。メキシコ・オリンピックの表彰式でこぶしを上げ人種差別に抗議したブラックパワー達。あしたのジョー、アタックNo1、タイガーマスク、ハレンチ学園、サインはVなどが週間漫画本で登場、テレビではゲゲゲの鬼太郎、巨人の星などが人気に。大卒初任給3万円の頃。白バイに乗ったモンタージュの男が三億円事件を起こした頃。9月末アメリカの人気グループ、モンキーズが来日した頃。若者はグループサウンズに失神していた頃、飛行船ツェッペリン号炎上のジャケットで登場したレッド・ツェッペリン。ヤードバーズの名前はもう必要ない! 衝撃的なハード・ロック・サウンドの始まり! レッド・ツェッペリンはファーストから聴こう! ベストなんてもったいない!


01 グッド・タイムズ・バッド・タイムズ

02 ゴナ・リーヴ・ユー

03 ユー・シュック・ミー

04 幻惑されて

05 時が来たりて

06 ブラック・マウンテン・サイド

07 コミュニケイション・ブレイクダウン

08 君から離れられない

09 ハウ・メニー・モア・タイムズ

keith2  遂にこの日がやってきました!


ど根性軍団ローリングストーンズ、元気にツアー再開!

ストーンズは11日のミラノを皮切りに欧州ツアーをスタートしました。


フィジーで頭をやっちゃたキースが復活!

アルコール依存症で頭をやっちゃったロンが復活!

おまけにW杯でジダンの頭をいただいたマテラッツィが地元で復活!


そしてジャガーの極めつけのジョークにキースとマテラッツィは苦笑い。


「このステージには『頭』に問題のある奴が多いな」「マテラッツィ選手とリチャーズには共通点があります。2人とも最近、頭に関係する問題が起きたばかりです」


いやー、最近クソッタレ上司(読者の皆様、お下劣な表現お許しください)にいたぶられていた頭と心を癒してくれそうです!(^^)!


Set List:
01. Jumpin' Jack Flash
02. It's Only Rock 'n' Roll
03. Oh No, Not You Again
04. Let's Spend The Night Together
05. Tumbling Dice
06. Streets Of Love
07. Con Lie Me Lacrime (As Tears Go By)
08. Midnight Rambler
09. (Night Time Is) The Right Time
10. Before They Make Me Run (Keith)
11. Slipping Away (Keith)
12. Miss You (to B-stage)
13. Rough Justice (B-stage)
14. Under My Thumb (B-stage)
15. Honky Tonk Women (to main stage)
16. Sympathy For The Devil
17. Start Me Up
18. Brown Sugar
19. You Can't Alway Get What You Want (encore)
20. (I Can't Get No) Satisfaction (encore)

かなり途方に暮れています!
相当なストレスがたまっております!
私の許容量を超えた仕事に忙殺さています!
最近連休がありません!やることがたまっています!
ブログ更新が滞っています!私のせいではありません!!

チョッとスッキリしたかな(^^)
こんな時私を何処かへ連れて行ってくれるのは
Boston の 「宇宙の彼方へ」。
あぁ 宇宙の彼方へトリップ。
boston1
マサチューセッツ工科大出身のトム・ショルツを中心に結成された5人組。
当時は音楽やるにも頭よくなきゃダメなんだなーと思いました。
ボストン衝撃のデビュー・アルバム(1976年発表)。

keith1 ストーンズが7/11のミラノ公演からヨーロッパツアーを再開するようです!

そうです、キースが復活するんです!

休暇中のフィージーでココナツの木から落下したといわれたキースですが、「悪いが、俺はパーチ(止まり木/腰掛け)から落ちたんだ」「みんなの予定を狂わせちゃって、すまなかったな。でももう、全速力で進むよ」と強気の声明を発表。

キースさん、とりあえず異常なしの様です。

よかったよかった!(^^)!


追伸:ブライアン・ジョーンズの追悼コンサートになった1969年7月5日のハイドパーク・コンサートのリマスター版DVDがリリースされます。

 1969年、時のロックはブリティッシュ・ロック全盛期。クラプトンを筆頭にジミーページ、ジェフベックの3大ギタリストがもてはやされ、ギタリスト中心にセッションが組まれ、テクニックありきの世界。

ここに登場するグランド・ファンク・レイルロードは当時の音楽誌に「バカでかい音を発するだけのテクニックのないバンド」と酷評されていた(クイーンのデビュー当時も酷評されていた)。しかし、荒削りな暴走列車 グランド・ファンク・レイルロード は私も含め、その辺の若者達の心を掴んで放しませんでした。そして、 あの井上陽水氏も「ハートブレイカー」を模倣して「傘がない」を書きました。


grandfunk2

 メンバーはミシガン州出身のマーク・ファーナー(Vo,Gui)、ドン・ブリューワー(Dr)、メル・サッチャー(Bass)、後にクレイグ・フロスト(KeyB)。ヴォーカル兼ギター、ベースとギターとドラムだけというシンプルなバンド編成で1969年7月にアトランタ・ポップ・フェスティバルでデビュー。
デビュー・アルバムは「グランド・ファンク・レイルロード登場 On Time」。デトロイトで行われたレッド・ツェッペリン のライブで前座を務める。70年にはセカンド・アルバム"Grand Funk"、サード・アルバム"Closer To Home"、二枚組のライブ・アルバム"Live Album"を次々に発表し、そのどれもがゴールド・アルバムとなる。

年末に行なわれたマジソン・スクェア・ガーデンでのコンサートには4万人以上の観客を動員して喝采を浴びる。わずか一年足らずで掴み取ったNO.1アメリカン・ハード・ロック・バンド。勢いに乗る彼らは、その後71年に、「サバイバル Survival」、「戦争をやめよう E Pluribus Funk」を発表。


 マネージャー兼プロデューサーだったテリー・ナイトとバンドのメンバーの間に溝が生じ、それがついには訴訟問題にまで発展。初めて自分たちでプロデュースした1972年のアルバム「不死鳥 Phoenix」は不発。新プロデューサーに奇才トッド・ラングレンを招き、更に新メンバー、クレイグ・フロスト(KeyB)が加入。1973年に「We 're An American Band」を発表。シングル・カットされたタイトル曲は異例の全米ナンバー1ヒット(それまでシングル・チャートで10位代にすら入った事がなかった)。第2期グランド・ファンク・レイルロードのスタート。ハードロック・バンドのナンバー1から、ポップ・バンドのナンバー1に。次作「Shinin' On」もプロデュースを担当したトッド・ラングレン。ここからもオールディーズナンバーの「ロコ・モーション The Loco-Motion」をナンバー1ヒットさせた。


grandfunk1  グランド・ファンク・レイルロードと言えばやはりライブ。1971年の雨が降りしきる中で決行した後楽園球場ライブ伝説はあまりにも有名。そして、1976年発表のライブ・アルバム「Caught In The Act」。

彼等の音は①8ビートで単純なフレーズの繰り返し。②ロックの基本に忠実なサウンド。③単純明快。④大音響。


 こんなグランド・ファンク・レイルロードが大好きです(^^♪


1Footstompin' Music

2Rock 'N Roll Soul

3I'm Your Captain/Closer To Hom

4Heart Breaker

5Some Kind Of Wonderful

6Shinin' On

7The Loco Motion

8Black Licorice

9The Railroad

10We're An American Band

11T.N.U.C.

12Inside Looking Out

13Gimme Shelter


 「傘がない」♪♪♪♪♪


都会では自殺する若者が増えている

今朝来た新聞の片隅に書いていた

だけども問題は今日の雨 傘がない


行かなくちゃ 君に逢いに 

行かなくちゃ 君の街に

行かなくちゃ 雨にぬれ ・・・ ♪♪♪♪♪

1965年の暮、ロンドンのカウント・ダウン・クラブでの初舞台以来、偉大な軌跡を描き続けるピンク・フロイド。その核となったのは、シド・バレットデイヴ・ギルモア、それにロジャー・ウォーターズの3人である。

floyd1 1946年1月6日、ケンブリッジ生れのシド・バレット(g,vo)。
カンバーウェル美術学校で絵画を専攻していた彼が、ロジャー・ウォーターズからグループ参加の声がかかったのは65年中頃、グループはピンク・フロイド・サウンドからやがてピンク・フロイドと名を改め、67年、シングル「アーノルド・レイン」でデビュー。歌詞が猥褻であることからBBCで放送禁止となる。デビューアルバム「夜明けの口笛吹(Piper At The Gates of Dawn)」をリリース。
繊細でエキセントリックな性格、ルックスはロック・スターの美しさ、時代はサイケデリック。 グループはシドを中心に動き出す。

しかし、あまりにも繊細すぎるその性格の由か、プライベートやステージ上で奇行が目立つようになり、ライブが台無しになることもしばしば。ドラッグに浸かり、挙句の果ては精神病院送り、なんて事が言われてました。結局、彼は69年にグループを去るが、この苦境を乗り越えるために加わったのがデイブ・ギルモア(g)だった。

1947年3月6日、ケンブリッジ生れの彼は、シド・バレットの旧友で二人でフォーク・デュオを組んでいたこともあると言う。68年、デイブのグループ参加により、ピンク・フロイドのサウンドは限りなく膨張を続ける宇宙のように、どこまでも広がっていく。

ブルース・ベースの官能的な彼のギターなしには73年のアルバム『狂気』の空前の大ヒット、79年の『ザ・ウォール』の成功は有り得なかったのではないでしょうか。

floyd2 そして、グループの胎動期からずっとピンク・フロイドの頭脳としての存在感をアピールし続けたのがロジャー・ウォーターズ(b)です。1944年9月9日グレート・ブッカム生れ。リージェント建築工芸学校時代のシグマ6がピンクフロイドの母体らしい。

彼はメンバーの中で最も早くソロ活動もしており、1970年には初ソロ『ザ・ボディ』を発表している。
83年、ピンク・フロイドは一度解散。デイブ・ギルモアを中心に86年に再始動するが、ロジャーは頑固なまでにグループ参加を拒否している。なーぜー?
第二のピンク・フロイドを拒み続ける事、それがピンク・フロイドへの愛情表現なのでしょうか。


吹けよ風、呼べよ嵐(ONE OF THESE DAYS)
マネー(MONEY)

壁が崩壊した日(A GREAT DAY FOR FREEDOM)
光を求めて(LET THERE BE MORE LIGHT)
マン・オブ・ストーン/クリア・ブルー・スカイ
(MAN OF STONE)
ミナモト・ドリーム/ジェイド・ウォリアー
(MINAMOTO'S DREAM)
戦争の犬(THE DOG OF WAR)
原子心母(ATOM HEART MOTHER)
(WISH YOU WERE HERE)
アス・アンド・ゼム(US & THEM)
アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール
(ANOTHER BRICK IN THE WALL)
ヘイ・ユー(HEY YOU)
TBS(ロック魂の選曲より)