「全集中!」
コマを回していたら中学生に言われた。
「あ・・・全然集中できん!」
笑いながら自分はそう言っていた。
最近マンガを読んでいます。
決め台詞というものがちょっと気になって考えていた。
自分の決め台詞はなんだろうって。
何がいいかなーって。
リアルなこの世界も
切り取ったり
絵にしてみれば
マンガの世界になり得ると思っている。
日常も非日常になったり
自分がなりたい自分になることもできると思っている。
思い描きさえすれば。
決め台詞の前に
自分の口癖についてちょっと考えてみた。
苦境(ハッキリ言って主に農作業)
に立たされたときによく口にする言葉は・・・
「気合い」
「勢い」
といったところだろうか。
あ
あと
「なんでも」。
少しばかり疲労を感じたときには
「気合い入れてきてるんで。」
「勢いと音楽さえあればいくらでもいけます。」
「なんでもやりまーす!」
なんて言って乗り越えてきた。
要は気の持ちようで
体は不思議と動いてくれる。
そうやっていたら
なんだか強くなった気がする(笑)
よく口にしている言葉はとっさに出てしまうものだけど
それがポジティブな言葉ばかりであることに
自分自身安心している。
マンガから学ぶことがある。
教科書だけが学びじゃない。
ブログでよく使う言葉は、たぶん「ありがとう」と「自分らしく」。

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毎日聞く言葉があるとしたら
毎日口にする言葉があるとしたら
もういいよ!っていうくらい
耳や目や口にする言葉があるとしたら
それは何でしょうか。
このご時世とか
世知辛い世の中だからとか
・・・というわけではなく
昔も今も私は
この言葉に囲まれていることに気づきました。
「ありがとう」
挨拶のような気軽なものもあるし
意味深な思いを感じるものもあるし
耳が覚えている懐かしいものもある。
この言葉が持つ力はすごいと思っていて
人の心を豊かにし
大なり小なり人をハッピーにする
そんな言葉だと思い大切にしています。
死ぬほど言ってもいい言葉だし
飽きるほど言われてもいい言葉。
なぜだか最近
この言葉がやたら耳や目に印象付くのです。
この言葉に想いをこめて口や文字にするのです。
そんな言葉に
「こちらこそ」
や
「どういたしまして」
は特に求めていなくて。
ただ
「ごめんね」
だけは
「ありがとう」
に言い換えて
と求めてしまいます。
ただのワガママです(笑)
あなたの周りには今、どんな言葉が溢れていますか。

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朝ごはんを食べて
本を読んで
昼ごはんを作って
布団を干す。
あまり家にいる時間のなかった私にとって
このようなことに幸せを感じるのです。
刻々と変わる日常に
柔軟に適応したいと思う今。
「まだ」と思えばしんどくて
「あと」と期待すれば先延ばし。
待ってるだけじゃだめなんだな
と思った昨日。
自分が大事にしたいこととか
自分が大事にしたい人とか
そんなことを改めて考える良い時間を頂いている。
負けないとか
我慢するとか
もしそれが力ではなくストレスになっているのなら
見方を変えて楽しんだらいいんじゃないかな
とそんなふうに今を過ごしています。
切り替えるのはそう簡単ではないかもしれないけど。
どこに目を向けるか、どう目を向けるか。↓

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「えま、なんで児童館職員になったの?」
4月当初
児童館をよく利用する子どもから聞かれたことだ。
事務作業をしていたのと
自分がその答えを考える時間が欲しいのとで
「うん、また今度ちゃんと話すわな。」
と言ってその日は終わった。
後日改めて
昨年アルバイトとして働くに至るまでの経緯
今年度職員として働くことになるまでの経緯を話した。
でもはっきり言って
なんで職員になろうと思ったのか
というストレートな質問に対する答えは
ここが
ここで出会う人たちが
楽しくて面白いと思ったから
なのだと思う。
干渉しないようで
やりたいということにはすぐに応え
ふざけているようで
それにも一つ一つ意味深いものがあって
真っ直ぐな想いをもちながら
あえて斜めから個性的なアクションを起こす。
自分にとって毎日が新鮮で
笑えるものだった。
色んな想いがあるし
色んな考えもあるし
深く考えたら数多の理由は出てくるんだけど
楽しいのと
タイミングが合ったのと
なんだか自然とこうなったんだよね
っていう
そんな理由でもいいんじゃないかと思う。
むしろ正直なところ
そうなのである。
だいたい変化球。それが面白い。↓

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昨年度。
週5で農業。
休みの日には児童館。
もしくはLGBT関連のイベントや講演会。
休みなんていらないと
邁進してきたフリーター。
今年度。
休みの日にお世話になっていた児童館の職員となりました!
私にとってはあまりに自然な流れ過ぎて
心機一転という感じではなかったのだけど
農場の方は少しざわざわしていて
最終日にはお祝いのケーキを頂きました。
知識はなしで収穫から始まったアルバイト。
少しずつ農機具も使わせてもらい
気づけばビニールハウスを補修し
不本意に壊したりしてしまうこともあったけど
それでもくじけず色々と挑戦してきたら
経験値だけは浅く広く身に付いたようで
小松菜に愛着を抱くことも珍しくありません(笑)
その一方で
子どもと関わることもまた楽しく
本当に忙しかったけど
ライスワークとライフワーク。
そのどちらもあるから
バランスがとれているのかなと思うこともありました。
とにかく来年度の方向性を
わかり次第連絡しなければと
児童館の選考結果を農場の社長にご報告。
「児童館で採用が決まりました。」
「おめでとう。・・・土日が休み?」
「月曜ともう1日どこかが休みって感じですかね。」
「週1でも・・・どう?」
「いいんですか!?」
・・・ってな流れで
今年度は週5で児童館。
児童館が休みの日に農場。
という昨年度を逆転させた感じで
続けていくことにしました!
私にとって
こんなに有難いことはないなと
感謝と歓喜でいっぱいです。
大変なこともあったし
危ないこともあったし
それでも踏ん張っていたら
支えてくれる人がいて
心配してくれる人がいて
だから毎日頑張れたし
だから毎日笑っていたんだと思います。
どちらの現場も
どちらの働く仲間も
私をほっこりさせてくれました。
4月もすでに10日が過ぎ
ブログでのご報告が遅くなってしまいましたが
今年度もこんな感じで宜しくお願い致します。
LGBTに関する活動も、もちろん続けていきたい所存です。↓

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桜は
冬に一定期間低温にさらされると
春に花を咲かせるのだという。
つまり寒さも必要なのだと。
冬を越え
華やかに蕾を開いたかと思えば
それも束の間
美しく散って
生命力さえ感じる新緑へと変化する。
どれも桜には変わりないのだけど。
出会いと別れと変化のある春。
変化を恐れず
変化を進化に。
そんな風に春を迎えていけたらと思う。
根っこや幹は大事にしながら。
そんなことを今日は考えていた。
いやもう春は来てますね。
もうすでに春ですね。
何かしてみませんか。↓

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こんなことがあったとき
あなたならどう思うんでしょうか。
職場で初めて出会った人。
なんだか話が通じない。
説明したことが理解されていない。
名前を呼んでも反応がない。
返事もない。
その様子に
正直なところ少し苛立ってしまった。
でも一方で「ん?」と思う自分もいたのです。
一歩引いて見れば
耳には黒いイヤホン。
それを見たとき
ようやく気づいた。
これはきっと補聴器なのだろうと。
そう気づいたとき
あなたならどう思うんでしょうか。
申し訳ないと思った。
聞こえにくいと知っていれば
身振り手振りも増し増しでするし
言葉も声もはっきり大きくするし
どんな風にしたらお互い心地良いのか相談もできた。
少しの工夫で
できることがいっぱいあるのになって。
自己開示をすることが良いということではありません。
ただ私の場合は
お互い笑顔になることが増えるような気がするのです。
こういうことに気づき
こんな風に考えられたのはおそらく
自分自身が性的少数者というマイノリティーだったり
それをきっかけに広がった
あらゆる背景をもった人との出会いや視点や考え
などなどのおかげだと思うのです。
つまり
このせいなのです。
この性のせいなのです(笑)
この性であることに改めて感謝と
喜びを感じた今日でした。
自分にできることがたくさんある。↓

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過ぎてしまいましたがひなまつり
といえば愛知県では定番?の和菓子「おこしもの」を
親戚とともに実家で作ってきました。
米粉を熱湯で練ったものを
木型を使って彩って
成型したものを蒸したらできあがり。
お好みで砂糖醤油やきなこやあんこをつけて召し上がれ。
端的に言えば
食べられる粘土遊びといったところでしょうか。
大人になっても遊び心を忘れたくないと
型にはめつつ
型を利用した創作品を作ってみる。
ちなみにこれの木型は「栗」。
・・・ですがご覧の通り
スライムにもなるしトラやニャンコにもなるしクマにもなる。
いかに子どもたちより遊んで楽しむか
そんなことに挑戦していたように思います。
純粋に大人や親が楽しむ姿は
子どもたちに何か伝わるものがあると思っています。
遊びは心を豊かにするからとか
遊びは人を笑顔にするからとか
だから遊びは大事なんだよ!・・・とか
そういうことはこのご時世もちろん必要なんだけど
ただただ「こんなん作ったぞ!」って見せたくて邁進する
そんな自分。
一応、三十路。↓

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“偏見や差別をなくしていくためにできることは何か?”
というような内容が先日の講座の質疑応答で出ました。
私が描いた答えはこんな感じ。
これはあくまで
個人的な考えとして読んでください。
単なる理想なのかもしれませんので。
例えばの話。
「青いリンゴは渋くてまずいんだよ。」
と言う人がいる。
その噂だけが広まってみんな言う。
だから青いリンゴを食べる人はいないし
触れる人もいない。
みんなが避けていく。
でもある時
青いリンゴを目にした。
実際どうなのかな
と食べてみたら
美味しかったのだ。
それ以降
「青いリンゴ、美味しいんだよ。」
と周りの人に言えるようになった。
つまり差別や偏見に対してできることはというと
そんな噂を耳にしたとき
「青いリンゴ、美味しいんだよ。」
と言っていくことなんじゃないかなと。
できれば実体験から。
そのために
そう言ってもらえるために
私はその青リンゴになりたいと思っている。
例えばの話。
セクシャルマイノリティの人に出会ったことがない
のなら
私がその一人目として出会えたらいいな
なんて。
だからあえて声にしたり
表に出たり
チャンスがあれば話したりする。
積極的に。
実は
先日のそんな講座の前日には
中学校の出会い学習で
お話する機会がありました。
直接会ってつながっていくことは
大きな影響をもたらすと思っています。
私自身が
自分の目や耳や心で感じることを
大切にしているからです。
周りがなんと言っていようと
自分の目や耳や心で感じたことを信じようと。
イメージとの戦いだと思っています。
実体のないイメージには負けてらんないんす。
もし出会ってもイメージ通りなら
素直に受け止める覚悟があります。
自分にできることは何か。
問いながら
模索しながら
まずは行動してみることが大事だと思っています。
色んな答えがあったらいい。良ければ教えてください。↓

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家族の理解は
何よりも支えになる。
だから私は
しなくてもいいかもしれない
でもしたいと思った家族に
カミングアウトをしたんだと思います。
今日は名古屋市の講座
“ココロでみつめた「家族」~あなたも幸せになるヒント~”
の講師助手としてお話させて頂きました。
前日にパワーポイントをゼロから作り
リハーサルをしてみれば溢れてくる涙ぼーぼー。
これはやばいなーって思ったけど
それでも話したいと思いました。
今回は
家族一人ひとりに対してのカミングアウトに焦点を当て
自分自身も振り返りながらのお話。
涙が流れてしまうのは想定内のことでした。
それでも
泣くことよりも伝えたいことがあるんだから!
って
涙で声を詰まらせてる場合じゃねーよ!
って言い聞かせ
今回のミッションは泣かずに終えることだ!
なんて
それができる自信もなく臨んだ今日。
母へのカミングアウトのときの話を始めたら
ミッションは一瞬にして達成されず(笑)
涙を止めようと間をあけ
呼吸を整え
声を出してみても
やっぱり涙声じゃーん!
って(笑)
勝手に流れる涙を見てもらいに来たんじゃないって
心からあなたに伝えたい言葉があるんだって
思ってるし
無論そうしたいんだけど
理性でも止められないこともあるんだなって
思い知らされました。
でも
だからこそ
そんな自分がいるからこそ
こうして熱を燃やし
思いの丈を言葉にし
心震わせているのだと思います。
初めて講演でこんなに涙を流した。
というか止めることができなかった。
こんなときもあっていいんじゃないかなと思う。

母がプレゼントしてくれたバッジを胸に。↓

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