学校に行きたくない。

なんなんだろうあそこは。狂ってるとしか思えない。

小学校まではまだ和気あいあいとしていたところもあったけれど、中学校、高校は違う。カーストやルッキズムのはっきりとした、社会の縮図だ。といっても、まったくの同い年で構成されているところは社会とは違うと思うけれど。社会に出た経験がないからなんともいえない。

というか、6時間7時間と、長時間イスに座って勉強するのに慣らされているのがおかしい。

だって6時間だ。6時間あれば何ができる。

大抵のことはできる。でも学校に行かないという選択肢なんて考えもしない人もいる。なぜか。それが当たり前だと思っているから。学校に行かないことは、社会的弱者であることとニアリーイコールの関係になる、なってしまう。

学校は当たり前に生活の大部分を占めていて、家庭以外の人間関係の形成もそこで行われることがほとんど。

画一化された人々は、まるで植林されて綺麗に整列した木々のようだ。

個性はどこにあるのだろう。


学校に行きたくない理由を挙げてみたけれど、結局は行かないと社会から爪弾きにされるだけなんだから、行かなきゃだよなぁ。

でも今はもう少しだけ休ませてほしい。

ほんとに、あと少しだけ。

こんなことを続けて、さらに行きたくなくなっている気もする。

どうすればいいっていうんだ。

家、学校以外の第三の居場所が欲しいなぁ。


挙げた理由だって結局、半分くらいは学校に行かないのを正当化するために思いついたものを挙げただけで、勉強したくないっていっているわけじゃないんだ。でも挙げられるってことは、少しでもそれについて思うところがあるということにならないだろうか。どうなんだろう。

とにかく、勉強は別にいいんだ。ただ学校に行くのが嫌で嫌でたまらないだけ。

なんで?

がんばって理由を考えたけれど、行けない理由にはならないはずだと、誰かがいう。誰か、誰かじゃない、誰かは自分だ。

どうせみんなは学校に行く行かないなんて考える必要はなくて、当たり前に友達と喋って、授業を受けているんだって、そう考えたら、そう考えてしまっている他の人の事情を考えていない自分に吐き気がする。当たり前ができない自分が辛くて、その当たり前に難癖をつけている。