わたしの好きな、詩人の高村光太郎さん。
光太郎さんは9人兄弟だったのですが、下には鋳金(ちゅうきん)で人間国宝になったと豊周〔とよちか〕(1890~1972)さんがいます。
光太郎は、9歳の時に本郷区駒込千駄木林町(いまの文京区千駄木)に家族で引っ越して来て、そこで成長します(お父さんの光雲さんが藝大で彫刻を教えていましたから千駄木という場所は通勤の便もあって選ばれたのかもしれません。そうそう…光雲が藝大に勤めることが決まったのが光太郎7歳のときでした)
新潮日本文学アルバムの光太郎さんの巻。写真左は、そこに載っている、
光太郎13歳の時の木彫りの作品。
後年…光太郎は(長男なので)家督(かとく)を継ぐべき立場にいたのですが、それを弟の豊周さんに譲ります。豊周の息子さんに写真家の高村規(たかむらただし:1933~2014)という方がいるのですが、その規さんが4年前に亡くなってから、建物の維持・管理が難しくなって取り壊しが決まったそうです。
以前、わたしはこのブログでも、その千駄木の家(1958年築:数寄屋造)を訪ねたときのことをちらりと書きましたが(→コチラ)、その家が来月にも取り壊されると聞いて、今日…わたしはてくてくと…文京区千駄木まで出かけて来ました。
新潮日本文学アルバム(「高村光太郎」)には、高村邸にある「椎の木」が写真が載っており、高村規さんがキャプションをつけています。「庭前の椎の老木。明治25年光太郎9歳、本郷区駒込千駄木町155番地に移り住んで以来、百年に近い高村家の歴史を見守ってきた椎の木。
少年光太郎もよく登って遊んだという。大きな空洞ができているが、いまも春ごとに若葉をめぶく」
![]()
高村邸は、近くの旧安田楠雄邸庭園を見学をした人を対象に見学ツアーなどもできる企画があったのですが、そういう「ゾロぞろツアー」が苦手なわたしは…「ええ~い、勝手に『コンニチハ』をして見せてもらえばいいや」ぐらいの軽い気持ちで千駄木駅に降り立ちました。
でも、途中で迷って…(笑)、結局…その旧安田楠雄庭園邸庭園まではたどりついたのですが…高村邸の方角がワカラナイ。仕方なく、庭園の受付で「高村邸はどこですか?」と聞くと(…散歩ギョーカイの人間からすると…こういうお尋ねって、少々敗北感ただよう質問なのですが。まぁ、それはさておき)、受付の女性が…何と…「豊周さんのお孫さんが、そこにいるから」と言うではありませんか。
豊周さんのお孫さん
ということは、かの高村光雲のひ孫さんではないですか…![]()
緊張でガクガク。
でも、受付の女性は慣れたもので、すたすたと門柱のところまで行くと「○○さん」と声をかけて…「この人が、高村さんのところ、行きたいそうだから」なんて言いいます…。で…ひ孫さんもフレンドリーな人で「あぁ、いいですよ」みたいな感じで自転車を引きながら、家まで案内してもらうことになりました。![]()
![]()
きゃー ![]()
![]()
きゃー ![]()
![]()
…わ、わ、わたしは今、「高村光太郎さんのお父さんのひ孫さん」(←まわりクドイ書き方でゴメンナサイ)と、ふたりきりで路地裏を歩いているんだぁぁぁ。ひ孫さん、見た感じは40代後半から50ぐらい、スポーティな感じでとっても素敵な方でした。
ドキドキしちゃうなぁ。
手なんてつないだら…、ダメかなぁ。
だめだめ、こんな場面を写真週刊誌に撮られでもしたら…わたし…
第2のベッキー(?)になっちゃぅ…、
なんて必死で自制心を働かせながら、おもて向きは、平静を装いつつひ孫さんの横をてくてくするわたし…。
同じく新潮日本文学アルバムに載っている…光太郎15歳の時の
浮彫(「羅漢」:左)と16歳の時に彫った丸彫(「兎」像:右)。
それでね…ひ孫さん、何と…高村邸についたら、わたしを招き入れるような感じで…取り壊しになる本宅のおおまかなことについて教えてくださいました。![]()
ちょっと残念だったのは、光太郎が木登りをしていた椎の木はどこにあるのかを聞いたのですが、その木は…老木だったのでしょうね…、10年ぐらい前に倒れてしまったのだそうです。でも、その場所を教えてもらって、ちょうど高村邸は、その椎の木を避けるような形で増築もされていたなんて説明も聞いて、わたしはとっても感激でした。
![]()
わたしは…めったなことでは緊張しないのですが…、その時はドキドキしていて…何と…高村邸で…カ、カ、カメラを取り出せなかったのです(涙)。仕方ないので、今日、千駄木に行く前に立ち寄った高村光太郎の出身小学校にある…高村光太郎碑の写真を載せますね。
あと…、
今回の取り壊しで、とっても残念なのは、文化的にもとっても貴重な建築物なのに、そういうことに文部科学省をはじめ…霞が関周辺でサークル活動をしているオジさんたちはまったく無頓着なこと。
特に、5、6年前から「健康増進のために」個室ヨガに通い始めたとウソぶく文部科学大臣が、勤務時間中に公用車を使って個室ヨガに立ち寄ったなんていう記事が最近、週刊誌に書かれていたので、今回の高村邸取り壊しは…何だかとっても腹立だしく感じます。
これは、ほかの人からも聞いていたことですが、国はエラそうに…「有形文化財」なんかに、人の家を指定するらしいのです。でも、だからと言って…何をしてくれる…というわけではなく、逆に「アレをするな」「コレをするな」と、うるさいらしいのです。
もし、本当に「有形文化財」なんてことを考えるなら、そういう建物等の所有者が「維持・管理ができなくなってやむなく取り壊し」なんてことにならないように、もっと制度を充実させるべきではないでしょうか。
テレビでヨガスタジオの代表の女性がインタヴューに答えていました。
「男性は個人レッスンしか無くて」「1時間1万1000円」て…ウ~~~ン。
(ヤマダ電機内をウロウロしていたら、たまたまヤッテイタ…。撮影:4月25日)
このブログでは、いまの日本が軍事費だけは年々増加して…「イージス・アショア」などという(ほとんど役に立たない)ポンコツをアメリカから買うために(1基あたり)1000億円も払うといった話を取り上げているので、本当に“政府”なるものの無責任さ、いい加減さ、無定見を不愉快に思います。
高村邸に限らず、個人では、なかなか…そういう文化財的価値のあるものの維持はむずかしいです。にもかかわらず、霞が関周辺でサークル活動をしているオジさんたちは「はい、あなたの家を〈国の文化財〉に認定しますからね…」なんて、“上から目線”的に言っておいて(そして…「アレをするな」「コレをするな」と制限だけはつけて)、あとは放置プレイ…、そして時には文部科学大臣は公用車で個室ヨガ通いです。
わたしたちの住む“国”って、
本当に芸術や伝統を重んじる文化国家なのでしょうか。
“国”の予算と、こうした市井(しせい)での惨状を目にすると、この国は、野卑で何の信念もないエロおやじたちが巣食う…低級な軍事大国になり果てているような気がしてなりません。
◆〈日々の新聞〉に載った素敵なインタヴュー記事(伯父光太郎を語る)
◆ ゴディバよりも、高いんです!!(2018年4月15日ブログ)







