美味しいカイピリーニャはいかがですか? -11ページ目

トマトにまつわる話(その2)

前回の話の続きです。

トマトが南米からスペイン人によって、ヨーロッパに輸入されてから
実際に食用とされるまでに長い年月がかかったと申し上げました。


トマトは見た目に非常に美しい食材です。観賞用とされていた時期が長かったの
です。また、同じナス科の植物で「ベラドンナ」というヨーロッパ原産の毒性が強い
植物と似ていたから、当初は誰もが食べるのを嫌がったという話もあります。

ただ、イタリアのナポリ地方のスペイン人たちは、食材として古くから使用していた
そうです。パスタに使用する「ソース」いわゆる「トマトソース」の材料になりました。

ナポリの地で「パスタ」に出会わなければ、もっと食材としてのトマトの広まりが遅く
なったことでしょう。



今や世界中で生産されています。

ところで、日本で言うところの「スパゲティ・ナポリタン」ですが、本場イタリアで
お目にかかることはありません。あの洋食屋や喫茶店のナポリタン、実は
日本製なのです。

戦後、横浜山下町にあるホテル ニューグランドの料理長入江茂忠氏が考案
したレシピが日本全国に広まったのです。
その詳しい経緯はこちらのブログに。
(このブログ記事は私自身が書いています)


山下公園よりホテル ニューグランドを臨む。
木立の影に隠れてちょっと見づらいのですが、旧館(手前の低層階の建物)の3階
315号室は戦後まもなく在日米軍の指揮官マッカーサー将軍が好んで宿泊された
部屋だそうです。今でも「マッカーサーズ・ルーム」として、同ホテルの人気の部屋
になっています。(港が見える3階の角部屋、Suite Room)



歴史を偲ばせる落ち着いた感じの中庭がいいですね。



このナポリタンはイメージ。
私が大好きな銀座の某老舗洋食店のものです。これがまた旨い!



これはアメリカです。生産高は世界で第2位。

生産高世界一(2005年)は・・・・


中国だったんですねぇ。それも断トツです。
こちらの資料はカゴメ株式会社のHP「トマト大学」 より
興味のある方、是非ご覧下さい。面白いですよ。


次回はまた違った食材をテーマに致します。また、ご覧下さいね。


トマトにまつわる話

トマトもジャガイモと同じように南米アンデスの原産です。



港からベスビオス火山を臨む。


世界三大美港のひとつ、ナポリです。
私が見た限りでは、それほどの印象は無かったのですが・・・
「ナポリを見て死ね!」という西洋のことわざがありますが、ブラジル人はそのあとに
「リオを見て生きながらえよ!」と続けます。



私は、絶対に「リオデジャネイロ」のほうがいいと思います。

失礼!つい、話がそれてしまいました。

今日でこそ、トマトが無いイタリア料理など考えることができませんが、
実は、その食用の歴史は案外長くないのです。



美味しそうなトマト。これから熟すところですね。



スペインの市場にて。



スペインのトマトです。南米原産のものに近いようです。

話は、「ナポリ」に戻ります。
実は、この地はトマトが初めてヨーロッパで食用とされた地なのです。

スペイン人が南米から持ち帰ったトマトは、ジャガイモと同じように長い間、
食用とされることがありませんでした。
確かにジャガイモは、発芽部分にソラニンという有毒物質を含み、たまに
中毒をおこすことがありますが、トマトにはそんなことはありません。
ただ、同じように南米からスペイン人が持ち帰ったというだけで、ジャガイモ
のように嫌われていました。(聖書に載っていないという宗教的な理由も
あったと思われますが)

そんななかで、当時スペイン領だったナポリのイタリア人が食用にし始め、それが
徐々にヨーロッパ全土に広がり、さらにそれがアメリカにもたらされました。
記録によりますと、フランスなどで野菜と認められたのが18世紀後半、アメリカに
渡ったのは19世紀になってからとなっています。



本場ナポリのパスタ。トマトソースを使ったのはナポリのイタリア人が最初でした。

イタリアではトマトをこう呼んでいました。
「POMODORO(ポモドーロ)」「黄金のりんご」という意味です。

トマト食用にまつわる話は次回も続きます。お楽しみに!






ポテトにまつわる話(その3)



一面のじゃがいも畑です。欧米では大規模に栽培する農家が多いですね。



じゃがいもの花 

本日もじゃがいもの歴史にまつわるお話です。

そもそも表題を「ポテト」としておりますが、「POTATO」は英語です。
本来の輸入元スペインでは「PATATA(パタタ)」でしたから、それが
なまったものなのですね。
実はイギリスでは、当初「POTATO」と言えば、「サツマイモ」のことでした。
「ジャガイモ」は「VIRGINIA POTATO」だったんです。
歴史的には、「サツマイモ」は15世紀末には西インド諸島やカリブから
イギリスに伝わっていましたから、「ジャガイモ」は100年ほど遅れていた
のです。それがいつからか、サツマイモは「SWEET POTATO」と呼ぶ
ようになり、ジャガイモが「POTATO」と呼ばれるようになったそうです。
「ジャガイモ」が一般的に普及したことが理由だと思います。













今日では、世界中に広まりました。主食としている国もあります。
上の写真のように料理方法にはいろいろなものがありますねぇ。

ジャガイモは、穀物に代わる澱粉食として、ヨーロッパ北部の
寒冷地の飢餓を幾たびか救うことにもなりました。

しかし、そのジャガイモでさえ、1845年のアイルランドの大飢饉の
ときには、「立ち枯れ病」でほぼ全滅。
100万人もの人が餓死したという記録があります。
そのアイルランドを離れてアメリカやカナダに向かう人たちがいました。

現在、アメリカにいるアイルランド系の人たちは全人口の約20%と
言われています。その方々の殆どはこの飢饉を逃れて新天地に
向かった移民の末裔です。
その移民たちの4代のちには、合衆国大統領も生まれました。
誰だかわかりますか?
あのジョン・F・ケネディです。

<参考文献: 「食の世界地図」21世紀研究会編(文春新書)>

最後はHAPPY ENDで終わりましょう。


ハート形ポテトでした。かわいい!

*本日の画像はクリックにて拡大してご覧頂けます。