弟の容態が悪くなったのは、9月30日の深夜でした。
それ以降、一進一退の状況が続いていました。
10月前半と10月後半には一時危篤状態になりました。
12月に入り、奇跡的に意識を取り戻したのですが、経口での食事は取ることが出来なくなっていましたし、酸素も手放せない状況になっていました。
その間のブログは、弟が話すことを、私がパソコンに打ち込みUPしました。
弟としては、頑張っている自分を見ることで頑張っている人たちが居る事を意識してたため、更新を完全には止めたくなかったようです。
クリスマスイブに弟からのメッセージが届いた方がいらっしゃると思いますが、此も弟が苦しい息の中、「この人達にメッセージを送りたい」と言った方々に、私の方から送信させていただきました。
何人かの方から、「クリスマスメッセージが届いたので、順調に回復していたと思った・・・」とのお言葉を頂きました。
実際には、あの時点で弟は非常に厳しい状況にあったと言うことです。
先週の検査結果。
Dupan-2 162(U/mL) CA19-9 102U/mL CEA 4.1ng/mL
まあ、手術をして少しした頃の数値に戻っただけのことです。
無理をせずに、のんびり過ごしていきたいと思います。
Dupan-2 162(U/mL) CA19-9 102U/mL CEA 4.1ng/mL
まあ、手術をして少しした頃の数値に戻っただけのことです。
無理をせずに、のんびり過ごしていきたいと思います。
昨日は、朝から雪が降り続き、この地方では珍しく積雪10cmを記録しました。
雪国の方からすれば何でもない雪なのですが、積雪そのものが3年ぶりで、高速道路など交通機関に大きな影響が出ました。
この時間になっても雪は消えておらず、逆に積雪が増えて居ます。
今日は朝の補習の日なのですが、通常車で45分程で着きますが、3年前の経験からどう考 えても2時間前後はかかりそうです。
仕方がないので、後10分程経ったら出かけようと思っています。
生徒がまともに来られるかどうかは甚だ疑問ですが、教員が間に合わないというのは許されないので仕方ありません。
スリップをしないように、そろそろと出かけようと思います。
雪国の方からすれば何でもない雪なのですが、積雪そのものが3年ぶりで、高速道路など交通機関に大きな影響が出ました。
この時間になっても雪は消えておらず、逆に積雪が増えて居ます。
今日は朝の補習の日なのですが、通常車で45分程で着きますが、3年前の経験からどう考 えても2時間前後はかかりそうです。
仕方がないので、後10分程経ったら出かけようと思っています。
生徒がまともに来られるかどうかは甚だ疑問ですが、教員が間に合わないというのは許されないので仕方ありません。
スリップをしないように、そろそろと出かけようと思います。
昨年9月、京都在住の私と弟の共通の友人が亡くなりました。
外出はもう無理になっていた弟が、どうして葬儀に行きたいと言ったため、車いすに乗せて京都まで行きました。
本当は連れて行くべきではなかったのでしょうが、弟の勢いに負けて連れて行ってしまいました。
あの時の弟は、モルヒネの点滴を受けながら、歯を食いしばって新幹線の揺れに耐えていました。
今思えば、あの二日間が弟の死を早めたのかもしれません。
葬儀の間、弟は何も言わず、ずっと彼の写真を見ていました。
まるで、彼と話でもしているかのようなそんな目をしていました。
それからの三ヶ月は、坂を転がるように弟は力が落ち、あの日を迎えました。
今でも、あの時のことは悔いています。
昔、彼の所に弟と邪魔をして、鴨川縁を歩いたことを懐かしく思い出します。
弟と不思議に馬のあった彼のことです。きっと、彼が虹の橋のたもとで、弟の席を取って待っていてくれていると思っています。
先ほど、彼について書いた弟の留め書きをUPしました。
この曲は、弟が好きだった曲で、私達の若い頃の京都を描いた、髙石友也さんの曲です。
弟のブログにUPされていますが、ここでも掲げておきたいと思います。
心の奥に染みこむとても良い曲です。
外出はもう無理になっていた弟が、どうして葬儀に行きたいと言ったため、車いすに乗せて京都まで行きました。
本当は連れて行くべきではなかったのでしょうが、弟の勢いに負けて連れて行ってしまいました。
あの時の弟は、モルヒネの点滴を受けながら、歯を食いしばって新幹線の揺れに耐えていました。
今思えば、あの二日間が弟の死を早めたのかもしれません。
葬儀の間、弟は何も言わず、ずっと彼の写真を見ていました。
まるで、彼と話でもしているかのようなそんな目をしていました。
それからの三ヶ月は、坂を転がるように弟は力が落ち、あの日を迎えました。
今でも、あの時のことは悔いています。
昔、彼の所に弟と邪魔をして、鴨川縁を歩いたことを懐かしく思い出します。
弟と不思議に馬のあった彼のことです。きっと、彼が虹の橋のたもとで、弟の席を取って待っていてくれていると思っています。
先ほど、彼について書いた弟の留め書きをUPしました。
この曲は、弟が好きだった曲で、私達の若い頃の京都を描いた、髙石友也さんの曲です。
弟のブログにUPされていますが、ここでも掲げておきたいと思います。
心の奥に染みこむとても良い曲です。
相変わらず弟の遺品整理を続けているのですが、昨日遺言と書かれたDVテープが何本か出てきました。
それぞれ撮影した日時が入っており、古い物は3年前、新しい物は11月の物でした。
一番古い物だけ見たのですが、日記に書かれている内容とは、かなり異なっています。
どうやら体調が悪くなり、死を意識した時に撮っていたようです。
多分、他の4本も内容的には同じ物だと思います。
写真嫌いの弟が、このような物を残しているとは考えてみたこともないので、大変驚いております。
それぞれ撮影した日時が入っており、古い物は3年前、新しい物は11月の物でした。
一番古い物だけ見たのですが、日記に書かれている内容とは、かなり異なっています。
どうやら体調が悪くなり、死を意識した時に撮っていたようです。
多分、他の4本も内容的には同じ物だと思います。
写真嫌いの弟が、このような物を残しているとは考えてみたこともないので、大変驚いております。