弟のブログを訪れてくださっていた方には、様々な病で闘病生活を送っている方や送っていた方が多かった様です。
闘病生活の不安や苦しみは共通している物の、闘病生活のあり方は千差万別です。
弟のようなあり方をされる方もあれば、その対局のような方もあります。
弟は、自分に多くの負荷を掛け、その事によって自身を叱咤激励しながら闘病を続けました。
私も弟と同じように、自分に負荷を掛け叱咤激励しながら闘病生活を送りました。
やせ我慢をし、可能な限り弱音を吐かずにいた2年間は、結構辛かった記憶があります。
このあり方は、弟に影響を与えてしまったようです。
昨年の11月頃、弟が私に、「兄貴の闘病生活を参考にして生きてきた。そうすれば、兄貴のように、復活できるような気がして・・・。」と、話したことがありました。
思いもよらない弟の言葉に、私は暫く絶句しました。
私よりも、遙かに厳しい状況にあるのに、私の生き方をトレースさせてしまった。
身近にいて弟の苦しみを知っているだけに、今でもある種忸怩たる思いが残っています。
私自身、再度の闘病生活に入る可能性が残っている現状でを鑑みて、闘病のあり方を少し考えてみたいと思っています。
あれから1ヶ月が過ぎました。
カトリック・プロテスタントともに、亡くなってから1ヶ月目に昇天記念日を行います。
仏教で言うところの四十九日だと思っていただければよろしいです。
キリスト教では仏教と異なり、年忌法要のようなものはありません。
カトリックでは、亡くなって3日目・7姫日目・一ヶ月目・一年目に追悼ミサを行い、プロテスタントでは、一ヶ月目・一年目に記念日を設け、近親者で祈ります。
今日はその一ヶ月目の召天記念日にあたります。
今日は午前中に、私の所属教会で追悼のミサを行っていただきました。
弟はプロテスタントでしたので、弟の教会の牧師に依頼し7時から弟の友人や関係者を招き、弟の所属教会で召天記念式を行っていただく予定です。
大変慮外なお願いですが、もし可能でしたら、皆様も弟のためにお祈りいただければ幸いです。
カトリック・プロテスタントともに、亡くなってから1ヶ月目に昇天記念日を行います。
仏教で言うところの四十九日だと思っていただければよろしいです。
キリスト教では仏教と異なり、年忌法要のようなものはありません。
カトリックでは、亡くなって3日目・7姫日目・一ヶ月目・一年目に追悼ミサを行い、プロテスタントでは、一ヶ月目・一年目に記念日を設け、近親者で祈ります。
今日はその一ヶ月目の召天記念日にあたります。
今日は午前中に、私の所属教会で追悼のミサを行っていただきました。
弟はプロテスタントでしたので、弟の教会の牧師に依頼し7時から弟の友人や関係者を招き、弟の所属教会で召天記念式を行っていただく予定です。
大変慮外なお願いですが、もし可能でしたら、皆様も弟のためにお祈りいただければ幸いです。
時系列での記述をと言うご意見がありましたので、この4年ほどの弟の様子を書いていきたいと思います。
弟の様子が変わりだしたのは、4年ほど前です。
手術を頑として拒否していた弟が、手術に同意したのが4年前でした。
その当時、弟は大量のステロイドの投与の副作用で、強度の視野狭窄をおこしていました。
化学療法にも限界が見えており、重粒子線の照射にも余り期待が持てなくなっていました。
弟の母親は、意識不明のままで7年目を迎えていました。
そんな折、前年に手術を受けた私が徐々に回復しており、弟も手術を受けることにより回復出来るのではと言う希望を持ったようでした。
ただ弟の状況は私とはかなり異なり、私は前頭部の切除で済みましたが、弟は膵臓・肝臓・胃の多くを切除せざる終えない状況でした。
それでも、可能性を信じ、母親の介護を続けることを名がって手術に臨みました。
私とは比較にならない長時間の手術に耐え、無事に手術を終えました。
手術後の経過も良好であり、弟もリハビリに努めたため、比較的早期の退院が出来ました。
その後暫くは比較的良好な状況が続き、弟は母親の介護を続けることが出来ました。
ただそれは、寛解とはほど遠い状況の中の小康状態に過ぎなかったのでした。
大きな変化は、その1年後にやってきました。
このことについては、次回に書きたいと思います。
寒い日が続いています。皆さんお体にお気を付けください。
おやすみなさい。
弟の様子が変わりだしたのは、4年ほど前です。
手術を頑として拒否していた弟が、手術に同意したのが4年前でした。
その当時、弟は大量のステロイドの投与の副作用で、強度の視野狭窄をおこしていました。
化学療法にも限界が見えており、重粒子線の照射にも余り期待が持てなくなっていました。
弟の母親は、意識不明のままで7年目を迎えていました。
そんな折、前年に手術を受けた私が徐々に回復しており、弟も手術を受けることにより回復出来るのではと言う希望を持ったようでした。
ただ弟の状況は私とはかなり異なり、私は前頭部の切除で済みましたが、弟は膵臓・肝臓・胃の多くを切除せざる終えない状況でした。
それでも、可能性を信じ、母親の介護を続けることを名がって手術に臨みました。
私とは比較にならない長時間の手術に耐え、無事に手術を終えました。
手術後の経過も良好であり、弟もリハビリに努めたため、比較的早期の退院が出来ました。
その後暫くは比較的良好な状況が続き、弟は母親の介護を続けることが出来ました。
ただそれは、寛解とはほど遠い状況の中の小康状態に過ぎなかったのでした。
大きな変化は、その1年後にやってきました。
このことについては、次回に書きたいと思います。
寒い日が続いています。皆さんお体にお気を付けください。
おやすみなさい。
ここのところ非常に寒い日々が続いています。
原因は、北極振動と偏西風の市・それにラニーニャが重なったためにこの寒さになっているようです。
ここ数年暖冬が続いていたので、この寒さは非常にこたえます。
最近、夜になると手術跡が痛み、「ひょっとしたら・・・」等と、思ってしまうことがあります。
昨日は、あまりの痛さに夜中に目が覚めてしまいました。
今も、左脇腹と腰が痛みます。
早く暖かくなってほしいものです。
でも、この寒さは悪いことばかりではないようです。
この寒さのお陰で、今年は桜が良く咲くようです。
さくらは、冬場の寒さを感じないとつぼみを付けないそうです。
そういえば、去年は学校の桜の木も余り花を付けませんでした。
今年は、期待したいと思います。
原因は、北極振動と偏西風の市・それにラニーニャが重なったためにこの寒さになっているようです。
ここ数年暖冬が続いていたので、この寒さは非常にこたえます。
最近、夜になると手術跡が痛み、「ひょっとしたら・・・」等と、思ってしまうことがあります。
昨日は、あまりの痛さに夜中に目が覚めてしまいました。
今も、左脇腹と腰が痛みます。
早く暖かくなってほしいものです。
でも、この寒さは悪いことばかりではないようです。
この寒さのお陰で、今年は桜が良く咲くようです。
さくらは、冬場の寒さを感じないとつぼみを付けないそうです。
そういえば、去年は学校の桜の木も余り花を付けませんでした。
今年は、期待したいと思います。
弟が亡くなる前、どのように祭祀を行うかについて話したことがあります。
私も弟もキリスト教徒(私=カトリック、弟=プロテスタント)の為、先祖の供養をどうするかで困っていました。
私達の家は古い家のため、墓が3カ所にあり、それぞれの寺の宗旨も違っています。
父親の頃は、きちんと寺との関係を保っていましたが、先祖が大旦那だった寺のみ盆と先祖の忌日を行い、他の寺はお盆のみの付き合いになっています。
今後その寺寺とのつきあい方をどうするか、本当に困っています。
それと、弟の祭祀方法についても、問題が出てきました。
弟は、キリスト教徒としての祭祀を望んでいたのですが、親族や徳柱は仏教での祭祀を望んでいます。
私は弟の意志を尊重してやりたいのですが、実際に祭祀を行う者達の意志が一番重要になります。
仏教で言う四十九日が迫っているので、結論を出さなければなりません。
少々、困っています。
私も弟もキリスト教徒(私=カトリック、弟=プロテスタント)の為、先祖の供養をどうするかで困っていました。
私達の家は古い家のため、墓が3カ所にあり、それぞれの寺の宗旨も違っています。
父親の頃は、きちんと寺との関係を保っていましたが、先祖が大旦那だった寺のみ盆と先祖の忌日を行い、他の寺はお盆のみの付き合いになっています。
今後その寺寺とのつきあい方をどうするか、本当に困っています。
それと、弟の祭祀方法についても、問題が出てきました。
弟は、キリスト教徒としての祭祀を望んでいたのですが、親族や徳柱は仏教での祭祀を望んでいます。
私は弟の意志を尊重してやりたいのですが、実際に祭祀を行う者達の意志が一番重要になります。
仏教で言う四十九日が迫っているので、結論を出さなければなりません。
少々、困っています。