一歩前へ by moppu -34ページ目

一歩前へ by moppu

年寄りの戯言です。お気に障る表現等があるかもしれません。その際は、平にご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。

4年前患部の切除摘出の手術を受けた弟は、経過が良好との判断で、1ヶ月後に退院しました。

退院後すぐに母親の介護を再開し、その1ヶ月後には職場に復帰しました。

職場に復帰するまでの期間は私よりも早く、私は手術が大成功だったと思っていました。

この時期の弟は、非常にアクティブでした。

1年前に手術を受けた私よりも元気で、多くの仕事をこなしていました。

しかしその頃、弟が良く口にしていた言葉がありました。

それは、「俺は、後どれだけ保つんだろうか。」でした。

手術結果は良好だったはずなのですが、弟は大きな不安を感じていたようです。

憲君が遠路はるばる診察をかねて見舞いに来てくれた時も、同じ言葉を投げかけていました。

私は、手術の前後に担当医から状況を聞いていたので、弟の杞憂だと思っていました。

しかし、それは杞憂ではありませんでした。

この時点で患部を切除した物の、実際には全身に転移していたとのことでした。

私は、弟は当時その事実を何らかの形で知っていたのではないかと思っています。

だから、あれ程積極的に動いていたのではないかと、思っています。

そして、その半年後、弟の様子がおかしくなり始めました。

これ以後の弟について、別の機会に書きたいと思います。
弟の勤務先の学校から、私物の片付けの依頼が来ました。

以前ですと、使える物は学校に残しておけたのですが、現在は在職中でも、私物の留置は出来るだけしないように県から指導が入っています。

特に3万円を超える物については、何処の学校でも持ち込まないようにと言われます。

しかし弟は、かなりの量の私物を持ち込んでいて、管理職や科主任が困っているようでした。

今日、1時間ほど掛けて弟の勤務校に行ってき、弟の私物の山に驚き呆れました。

職員室の机には書籍と文具を除いて何も無かったのですが、顧問をしていた二つのクラブの部室に大量の私物がありました。

その殆どが特殊機材で、誰でも使える代物ではない物ばかりでした。

気楽にすぐ片付けますと行って出かけたのですが、とても2・3時間で片付く状態ではなく、管理職にお願いして、春休みに撤去する事にしました。

機材を私の家に持ってくることにしてはいるのですが、持ってきても使えない物ばかりで、多分お金を払って廃棄することになりそうです。

弟について書いたのですが、手が滑って全文が消えてしまいました。

明日、もう一度書こうと思います。

弟が、時々記事が消えたと嘆いていたのですが、こんなに簡単に書いた記事が消えるとは思いませんでした。

ワープロ感覚で書いていたので、バックアップが出来るものだと思っていましたが、完全に消えてしまうことが判りました。

本当に驚きました。
此を書き始めてから、一ヶ月を越えようとしています。

最初の予定では、月に1・2回弟について書いていくつもりでしたが、何故かしら毎日何事か書いています。

弟のことをだけを書き綴るとどうしても重い文になるので、自分の周りで起こっていることを半分交えているのですが、ここを書き始めた本来の目的と乖離してしまいます。

この場に来るたび、どうしていくことが相応しいのか、迷っている毎日です。

行く一月、逃げる2月、去る3月と言い、此からの毎日は非常に早く過ぎていきます。

私達の職場も、学年末と入学検査が重なり忙しくなります。

どうしていくか、考えながら更新していきたいと思います。
この仕事をしていると、人々が使っている言葉が気になることが多くなっています。

私自身が、それほど正しい日本語を使っている訳ではないが、何故か耳障りに聞こえる言葉遣いをしている人が多い様に感じます。

此は若い人だけにというわけではなく、私達の同年配や先輩諸氏にも目立っています。

文字化された物では余り目立たないのだが、話をしていると酷く気になります。

最近は、私達が使っている言葉が、まるで「古語」になっているのではないかとの錯覚を感ずることも多くなってきています。

言語は、100年で約50%が失われたり変質すると言われており、特定の言語集団の言語そのものが消滅する例も枚挙に遑がないのが現実で有ることを考えれば、いちいち気にしている方が珍妙なのかもしれません。

ただ、現状のような変化が続けば、後2~30年すると、鴎外や漱石等の作品が古文となってしまうような気がしてなりません。

言葉については、色々なお考えがあると思います。

年寄りの戯言として、お聞き流しください。