一歩前へ by moppu -28ページ目

一歩前へ by moppu

年寄りの戯言です。お気に障る表現等があるかもしれません。その際は、平にご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。

長崎という街は、弟にとって特別の思い入れのある街でした。

弟のブログの読者の方はご存じだと思いますが、弟の奥さんが眠ってる街だからです。

弟の奥さんが亡くなって、30年以上の時が過ぎました。

その街へ、先日(3月2日)行ってきました。

私が長崎を訪ねるのは、今から31年前のお盆に弟の奥さんの精霊船を引くために行った以来です。

目的は、弟の写真を奥さんの墓に納めることと康君に会うためです。

康君は、弟の入院中も遠路はるばる見舞いにやってきてくれました。

元々私の友人だったのですが、弟の奥さんと彼の奥さんが幼友達という関係で兄弟のように親しくなりました。

彼が、奥さんの7回忌もかねて、弟の新盆をのために精霊船を出したいと言ってくれていて、その話をしに行ってきました。

いくつかのクリアすべき問題はあるのですが、弟の精霊船を出すことにしました。

徳柱がいたら反対したでしょうが、こちらへ戻らないようなので、我々だけで出すことにしました。


今日は暖かいはずでしたが、風が強く寒い一日になりました。

皆様の所は如何だったでしょうか。

季節の変わり目です。風など召さないようにお過ごしください。

では、おやすみなさい。
今月の後半に、入試があります。正しくは、入学試験ではなく、入学検定が正しい呼称です。

そんな些細なこと、どうでも良いような気がしますが、県からは正しく呼ぶようにとの指導があります。

私が検査入院をしている間に、人員配置を決めて要項の確認をしておいて頂きました。

一番忙しい時に、担当部署の主任が不在であったことは、全体の行動計画を阻害したと、かなり顰蹙をかいました。

入試の関係で、今週は会議の連続でした。

お陰で、職場にいる間は再発のことを忘れる事が出来ました。


治療については、少し考えることにしました。

本質的に寛解はありえないので、与えられた期間を延ばす努力をするか、それとも静かに時を過ごすか、まずそれを選択しなければなりません。

与えられた時間は、以前手術をする事になった時に提示された時間と同じで、弟が発病して言われた時間よりは長いものです。


私の心の中に去来する幾つかの思いは、ややもすれば真反対のベクトルを指し示します。

彷徨し続ける自らの思いを精査し、一つの方向へ向けなければなりません。

そのために、もう少し考えを巡らしながら彷徨い歩かねばならないようです。

現実を直視し、軟弱な自らを見つめ直そうと思います。


それでは、おやすみなさい。
本日、状況説明を受けました。

内容としては、余り宜しくない状況であり、対処が急がれるとの事でした。

前回のこともあり、対処方法は限定的で手術灯は出来ない事と劇的な変化は余り望まない方が良いという旨の説明がありました。

まずは来週から、化学療法を再開してその推移を見る事となりました。

勤務は、当面続けることが出来るようです。

説明を受けながら、複雑な思いが去来しました。

12月まで、同じ部屋で弟の状況説明を受けていた身が、自らの状況説明を受けるとは・・・、生々流転とはまさにこの事を言うのだなととある種の感慨にふけりました。


弟の回顧のために始めたこの場が、どうやら自分のための場になってしまうようです。

これも天命であろうと、思っています。
本日は卒業式でした。

私の勤務校では、320名の生徒が卒業していきました。

最近の卒業式は、以前とは大分様子が変わってきました。それは、驚くほど多くの保護者の方が、卒業しに参加されることです。

今から20年ほど前、私が初めて学年を持った頃は、卒業式に保護者を集めるのが大変でした。

当時は第2次ベビーブームで、私の担当した学年は特にクラス数が多く、一クラスの定数が48人で12クラスあり、600人近い大所帯でした。

当時は、高校の卒業式に参加される保護者は少なく、100名の保護者を集める為に、各担任にほぼノルマ状態で人を集めさせるなど四苦八苦した記憶があります。

所が最近は参加される方が多く、そして、一人の生徒に御両親と場合によってはお祖父さんお祖母さんまで参加されます。

今年の私の勤務校では、320名の卒業生に対して、ほぼ同数の300人の保護者の方々が参加されました。

別段強い依頼をしたわけではなく、単に案内文を送っただけで、これだけの保護者の方々が参加されました。

この傾向は私の勤務校だけではなく、県下全域でこの状況になっています。

或る高校では、卒業生よりも150名も多い保護者が来校し、保護者用座席が足らなくなり、3年の正副担任以外の教師用の座席を、保護者に振り分けた途のことです。

これは極端な例だとは思いますが、多くの保護者の方が参加されるようになったのは事実です。

時代の変化を、如実に現している様に感じています。
ふと思いついて文を書いたのですが、何故か消してしまいました。

文章にするには、思考が定まって居なかったようです。

水曜日にムンテラがあるのですが、余り気乗りがしません。

少し疲れているのかもしれません。