「思い通りになる事が幸せなのではなくて、思い通りにならない事の方が幸せである」



と最近気づきました。



その「幸せ」の状態で、いつも人は苦しみ、苛立ってしまいます。



恋愛関係においても同様で、いや、むしろそれが顕著で、



男女がお互いを好きでいるのに、自分より愛情を感じてないと苦しみ、苛立ってしまいます。



「恋愛はいつもお互いの強烈な片思いである」



言い換えれば「片思いも立派な恋愛であるとしてよいのではないでしょうか。



自分が好きな相手に気持ちを丸ごとぶつけることで衝突もしますが、



それが出来る人は、その人に自分の気持ちを正直にぶつけているわけで、それこそが恋愛であり生きる証なのではとおもいます。



それに引き換え、昔から人の顔色を伺って生きてきた過去を言い訳にはできませんが、



自分は結局自分の全てをさらけ出してもいないのではと・・・。



自分が一番可愛い、自分の事しか考えていないと言われたことがあります。



そんなことはないと言い訳しますが、でもきっとそうなんだと後で思います。



「伝えた事が正しいのではなくて、伝わったことが正しい」



その「伝える」事を怠っていた結果だったのだろうと思います。



だいたい自分の過失は、後で気づくもの・・・。



いくつになっても、「失って気づく」ことの多いこと。



これから何かを成し遂げようとか、新しい環境に身を置こうとか、夢に向かってチャレンジしようとされる方に向けてお話をしようと思います。



自分自身に言い聞かせる意味でも。



「1+1」は、答えがいつも「2」であるかどうかという話。



数学では「1+1=2」であり答えは一つと決まっています。




国語が苦手という理数系の人の多くは、「国語の答えは、いつも一つとは決まってないから」と答えます。




僕は理数系でもなければ文系ででもなく銀河系なので、答えは「めんどくさいから」。



数学においても、この「1」の単位をどう捉えるかで、答えに幅が出てくるのです。









1・   1+1=2





2・   1+1=11





3・   1+1=101  





4・   1+1=1





5・   1+1=10





6・   1+1=0







「1」の単位をどう捉えるかで、これらの答えは、全て正しいという結果がえられます。



2・・・1cmと1mmを足した場合、11mmになります。



3・・・1mと1cmを足した場合、101cmになります。



4・・・1℃の水に1℃の水を足した場合、1℃の水になります。



5・・・二進法では10になります。



6・・・条件つきですが、奇数を1、偶数を0とすると、1(奇数)+1(奇数)=0(偶数)になります。





答えからその数式を導いたり、多分に謎かけ的要素も含まれますが、




そう考えていくと、「1+1=3」も「1+1=4」も成り立ってしまうのです。



結婚して子供が生まれた場合などは、この答えが成り立ちますよね。



数学の答えは一つであると言われますが、それはひとつの体系の中では答えはひとつと言う事であって、




体系が異なれば、答えも異なります体系=条件、ルールと言えば分かりやすいですね。



言い換えれば、ひとつの答えは、一定の条件、ルールの範囲で導かれるもので、




異なる条件やルールの下では、導き出される答えも異なるわけです。



ある場所でしか成り立っていないルールを、他の場所に無理やり当てはめたり押し付けたり、




そんなやり方にストレスを感じる現代にも通じるものがあります。