こんばんは 智子です
日が差し込んできたと思ったら
雨がパラパラ
雲の間から
また日差しが差し込んできたり
そんな空模様でした
今日 母校へふらっと
行ってきました
車で度々 通りはしていたものの
最近何だかね
気になっていたんですよね
なんだか とっても静かだった
グランドにも体育館にも
学生の姿は見えず
車も止まってなくてね
私たちのころは
部活に明け暮れていた
毎日だったけど
日曜日はお休みなのかしら
屋外のバレーボールのネットも
ボロボロでね
なんだか活気が感じられない
そんな空気感が漂っていました
朝練で走った
外周を歩きながら
断片的に学生時代を
思い出しながらも
映像には見えなく
感覚として中学生時代の何かが
蘇るものがありました
胸のあたりが
次第にぞわぞわしてきてね
決して楽しいとも
決して辛かったとも
言えなかった中学時代
心持ちはボタンを常に
掛け違いをしてるような
常に何かがずれているような
違和感があったような感覚が
呼び起されました
中学生時代って
多感な時期ですよね
いろんな感情が出始め
自分ではどうしたらいいか
こんがらがってしまうような
そんな感じでしょうね
大人に何かを伝えることに
段々ストッパーがかかってもくるとき
私はとにかく
自分自身の感情の
コントロールができないという
常にジレンマがありました
それを自分の中だけに
留めておくことができなく
私の感情の変化 態度の変化に
ついていけなく
一緒に行動していた
子たちが離れていく
そういうことが
3年間に何度となく あったな-
誰に相談することもなく
親に気づかれることもなく
それでも真面目に
休まずに登校してね
学校を病気以外で休むなんて
思ったこともなく
”それが当たり前”
という感覚で淡々と通っていました
わたしの中で
誰かに言っても理解されない
そんな思いも
あったかもしれない
中学時代は
何かしら 誰かと 常に
気まずいことになっていたかな
もしくは 自分自身の中の
ジレンマを抱き続けて
いたから
中学時代のわたしは
どんより雲がかかってる
ような思い出になってるのかしら
よく思い出せないけど
誰かは 私に声をかけてくれて
私の傍にいてくれるんだけど
また繰り返し離れていく
そんなことをしていたかしら(多分…)
中学生のこころって
子供から大人になる
大変なときですよね
今まで チャイルドと言う存在が
エゴさん つまりは
チャイルドを守ってくれる
ナイトのような存在が
今まで従順にエゴさんの
言うことを聞いていたチャイルドが
自立しようとするのを
それを危ないよって
エゴさんがチャイルドとがめる
でもチャイルドは
それでも進みたいって行動移す
チャイルドとエゴさんとの
引き合いっこ
そんなふうに感じます
だからね 多感な時期って
本人にとって本当に大変な
時期なの
私の中の中学時代の
エゴさんとチャイルドは
引き合いプラス
チャイルドがひねてしまって
ややこしくなってました
エゴさんが無理強いするあまり
チャイルドのジレンマ
あがきを抑えられなくて
周りにぶつけていた
そんな感じだったように感じます
そしてね 建て変わった
体育館を見て思い出されたこと
卒業式の最後に在校生に向けて
卒業生で歌ったの
私は声を震わせて涙を流しながら
歌っていました
在校生の前を通るときも
ヒクヒク言いながら
今まで抑えていた
哀しみの涙だったのかな
自分でも驚きながら
それでも声の震えと
涙を抑えきれず
歌い続けた
そんな私を見た同級生たちが
”智子がまさかそんなに泣くなんて”
”もらい泣きした”って
いってきたの
中学時代のわたしは
人についていくより
人をひっぱていく
方だったから
きっと周りから見る私は
強くて 動じない
そんな風に
思われていたのかも
しれませんね
でもね 本当はとっても繊細だった
のだけどね 実は
それに気が付いたのは
最近のことです
繊細だからこそ
わたしを護るために
ナイトであるエゴさんが
自分で壁を作って
護ってくれていたんです
エゴさんとチャイルドの関係で
人って成長をしていき
そして 事あるごとに
感情を抑圧していくことに
繋がっていく
感情を抑圧することが
悪いことって判断しないでくださいね
身体という器がある限り
感情がくっついていくというのが
私たち人なんですから
中学生時代のこと
何か思い出されましたか?
先輩 後輩 上下関係
親との関係
異性や同級生との関係
自分自身との関係
いろんな関係性を
中学時代は
味合わってきたのではないでしょうか
私のように 断片的に
感覚として思い出される
もしくは
良く覚えてる
そんな方もいるのでは
ないでしょうか?
どちらでも
全然構いませんよ
多感な時期の事情って
自分の内側の変革
動くときって何かと
大変ですもの
今日も読んでいただき
うれしいです



