原告のもともとのやり取り。ツイッタ上で、原告と第三者の間で、kutooに関連した議論のとても長いやり取りがあり、石川氏が男性からの女性への抑圧っていう観点で捉えていることに対して、そもそも女性の服装規定には、男性の発言権はあるかないか、みたいな話から、職場の服装規定の背景には、TPOがあり、そのTPOについての、男女のそれぞれの関与について議論となったのが、訴訟の対象となった該当のツイで、その前後は次の通り。
訴外A「服装のTPOを決めるのに男性は関与しないんですか?TPOから逸脱していれば、男性から苦言を呈されるのは当たり前なんですか?」
原告「逆に言いますが、男性が海パンで出勤しても#kutooの賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」
訴外A「オレは、男性は女性の服装のTPOに関与していないという意見に反論しただけなんですけど。」
ここでは、上記の通り、女性の服装のTPOに男性の関与はあるか? ”逆に” 男性の服装のTPOに女性の関与があるのか? ということが話のポイントのやり取りをしている。また、そもそも、海パンを持ち出したのは、件のツイのもっと前の方にあるゴリラ側(kutoo擁護派)である。このことからも、そもそも海パンということを持ち出すのが、kutooを海パンという極端なものに比すことで非難するという文脈で使われているものではないことがわかる。 で、石川氏は、原告のツイを頁の上部に、”リツイート”した自分のツイをその頁の下に配置したうえで、頁の左側に縦の一本線を引いた上で、その上下の線上のそれぞれのツイの左横に、顔アイコンを模したものを配置。個人的には、ぱっと見て、石川氏と原告がやり取りしてたかのように見えた。
原告「逆に言いますが、男性が海パンで出勤しても#kutooの賛同者はそれを容認するということでよろしいですか?」
石川「そんな話はしてないですね。もしも#KuTooが「女性に職場に水着で出勤する権利を!」ならば容認するかもしれないですが、#KuTooは「男性の履いている革靴も選択肢に入れて」なので」」
で、この二つのツイだけみると、原告は、”逆に” ということで女性の靴と男性の海パンを対比させているかのような極端な発言を石川氏に対してしているように見えて、石川氏は作為的に作り出した極端な発言を揶揄して原告を批判している。つまり、一種の藁人形論法をやっている。
更に、次のページでは、原告を「へんてこりんな人」「twiitterになるとバグる」とも形容している。 判決は確定していないが、区分はしてたり文字数的には石川氏の方が多いから形式的に引用要件はクリアしているし、原告のツイも石川氏が引用したとおりの意図だから、と被告側の主張を全面採用している。ただ、外部からみると、法的にはOKでも、こういう文脈を無視した引用をするから、「切り貼り」と石川氏は批判されているし、原告に同調する意見が相当数ある。 ただ、表現の自由っていう観点からは、意見としておかしいとしても、それを出版する自由があった方が、全体としてはいいような気も個人的にはある。おかしい意見には、言論で対抗するのが第一選択であるべきだから。なので、出版停止や名誉感情の棄損云々はあんまり賛成じゃない。著作権使用料くらいにすべき?
ただ、石川氏のように、常習性や確信犯的?な場合は、昨今のフェイクニュース問題をどうする?っていうことの問題になってくるので、、、。結局はバランスの問題なのだが、
あと、クソリプの定義云々については、リプは、リプライ(reply 英語で返信の意味)の省略形であり、これを返信じゃない意味で使ってます、なんて言い出すのは、社会通念に反するというか、言葉が通じない人、だよ。
まぁ、その書籍内では違う定義で使っているというのはあってもよいが、それを引用という外部とのかかわりが生じる場面で独自拡張した定義を使うのは、どうなのよ?ってかんじ。
全文引用の可否について、太田弁護士がそもそもツイッタには「リツイート」もある、と指摘されていますが、リツイートは、ツイッターアプリ内のことであり、これは、ツイッター利用規約でツイートをツイッター内で共有することについてユーザーが同意しているから合法なのであって、ツイッター外での利用は、利用規約では同意の対象になっていないので、著作権法上の引用に該当しない場合は、個別の許諾が必要。
控訴するとのことだけど、適法な引用の基準て、判決では、その業界内での慣行か、それがない場合は社会通念を基準にといっているので、別に法律・政令で詳細に決まっているものではない。なので、石川氏のようなやり方をおかしい!っていう人が多数派であれば(証明しようのないことだが、)、判決がひっくり返るということもあり得るかもしれない。
また、靴本は、研究としてツイを引用しているのであり、論文の世界では引用について文脈を無視した恣意的な引用はNGなのだから、それを基準にすれば、判決が基準にすべきといっている社会通念上からいえば、引用を正当としないこともあり得る。 ただ、過去の文脈が問題となった判例(名誉棄損事件だが、、)からいって、文脈の一致は厳密じゃなくてもよさそうだから、逆転はかなり大変なのだが。。 東京高判平 14・11・27「運鈍根の男 古河市兵衛の生涯」事件(平 14(ネ)2205)判時 1814 号 140 頁 あと、原審では「へんてこりんな人」という発言自体は、名誉感情を棄損するもの、と認定されている。一審判決後の原告に対する言動を考えたら、名誉感情の棄損は受忍限度を超えているっていってもいいんじゃないですかね? もともと、石川氏のやり方は、法的にはセーフだけど、倫理的にはまずいっていう範疇なのだから。