『今日』 (ニュージーランドの詩 /訳 伊藤比呂美 )


今日、わたしはお皿を洗わなかった
ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは
だんだんくさくなってきた
きのうこぼした食べかすが
床の上からわたしを見ている
窓ガラスはよごれすぎてアートみたい
雨が降るまでこのままだとおもう

人に見られたら
なんていわれるか
ひどいねえとか、だらしないとか
今日一日、何をしてたの? とか

わたしは、この子が眠るまで、おっぱいをやっていた
わたしは、この子が泣きやむまで、ずっとだっこしていた
わたしは、この子とかくれんぼした。
わたしは、この子のためにおもちゃを鳴らした、それはきゅうっと鳴った
わたしは、ぶらんこをゆすり、歌をうたった
わたしは、この子に、していいこととわるいことを、教えた

ほんとにいったい一日何をしていたのかな
たいしたことはしなかったね、
たぶん、それはほんと

でもこう考えれば、いいんじゃない?

今日一日、わたしは
澄んだ目をした、髪のふわふわな、この子のために
すごく大切なことをしていたんだって。

そしてもし、そっちのほうがほんとなら、
わたしはちゃーんとやったわけだ。






* * * * * * ** ** *** ****************

この詩を初めて知ったとき、
私は年子の幼児を抱え、まさにこの状況だったので泣けた。
(今でもか…?(;^_^A)

あの時の私の様に、この詩に救われる人が
どこかにいるかもしれないという想いと
私自身のためにここに覚書。