発芽の条件
相手が100%間違ってると判断した時に
一度それを受け止められるかどうか。
闇雲に切ってはいけない。
それがこの世界の一つのルールなのかもしれない。
この〜かもしれない
ということは
そういう闇雲に切ってはいけないという事を
体現するということかもしれない。
そこから始めなければ
何事も芽が出ないような気がしている。
何度も鼻をへし折られ、牙を折られ
人生で絶望を感じたとしたら
絶望した立場から
思うことはあるのかもしれない。
粋の中に
許しがあるという事を感じるのは
これらと関連のある事なのかもしれない。
優柔不断っぽく見られようが
自信のある状態よりは
それが自然に近い事なのかもしれない。
不確実なこの世界に
安定的な足場はないという事ならば
この世のルールのレールの線上にあることなのかもしれない。
もしも、神がいて
絶体的なギフトを受け取れる人間を
選ぶとしたら
そういう人間を選ぶとかもしれない。
そうじゃなければ
独裁者となって
同じ悲惨な歴史を繰り返すことになるのだろうから。
許して一つになること
どうしても愛せない場合は
通り過ぎればよい
身体に痛みがある場合
痛みを許し一つになる
痛みの場所に
反抗期の子供
緊張した子供
みたいな子がいて
その我が子を大切に育てたいと思えば
許し一つになる
大丈夫だよと一つになる
この痛みと一つになって許す、愛を伝える
一つになることで好転していくような気がします。
合掌。
手を合わせ 一つに
右目と左目を合わせ 一つに
耳も鼻も口も合わせ 一つに
それが ルール なのかもしれません。
ストレスが身体にあたえる影響を考えると
ストレスフリーがもたらす身体への影響とは
許せるものは許す
まだ許せないものはスルー
許せたなら
それは癒しになって
自分を守ることになるのだろうと思う
それらを思うと
『一つに』とは
自分を守るお守りのような
この世界で一番理にかなったことのように
思えてくる。