対世超越 | 月の下ポエム

対世超越

少し早めですが、今年を振り返ると


色々吸収し

あれこれ手放し

残ったものは・・・

何でしょう


シンプルに有るために

あくせくして


本当に

必要なものか

そうじゃないのか

選択するために

熱中して

少しずつ

理解を深める


深いかどうかはさておき


深めれば

形無き世界

浅はかならば

形に溺れる

接して

傷つき

その壁を越えて

静粛の内に

癒しを求め

また新たに

一歩踏み出す


もう終わりにしよう

とは

思えないので

学びの螺旋ということにして

今日を生きている


シンプルに成りたいがために

ごちゃごちゃさせる


やっぱりシンプルはいいよな・・・

と思うために


僕の中の

シンプルが

どれだけシンプルかなんて

本当はどうでもいいことなのかもしれないのに

対称世界の営みにどっぷり浸かっている

と思う


来年は少しでも、その壁を越えてみたい


今の僕には解からないこと

世界はそんなんで溢れている

全てを知り尽くすことなんて

できないはずなのに

あわよくば 求めてしまう


何の為に?


褒められるため
自信をえるため
他より劣ることへの怖れ

利己的。


お手本的な土台って

相手を楽しませてあげることとか

奉仕の心

無償の愛


何の為に?


そこがいわゆる「発起点」だと思っていたが

その下に 例えば

「他より有意義な人生を手に入れる」

という思いがあるならば

疑問符が頭をよぎる。


誰かの為になりたいという有意義


何故そうするの?


迷惑ばかりかけてきたから誰かの役に立ちたい


なぜそう思ったの?


せっかくこの世に生まれてきたから?

なぜそう思ったの?


・・・


この永遠に繰替えす「なぜ?」

最後の答えは

「愛」か「怖れ」か

どちらか


良く言えば

素晴らしい人生

変に言うと

自己理想中心主義






他人と比べない

と簡単に言うが

表面上の比較を止めるのは容易い

他に熱中するなり

忘れられるからだ

人生という全体から

人との、他との比較をやめるのは

難しいと思う



皆が努力することほぼ全て

他と自己の区別ライン作りとすれば

それは何を意味するのだろう

生まれて一度も努力せずに生きる

そんな人はいないだろう

食べる為に最低限の努力は必要だとすると

田を耕し、農作物を得ること

水を確保すること、住居

そのための知恵


現代の知恵は

商業的、利益の拡大


それは良くも悪くも

知恵の螺旋状にある


生きる為に必要な知恵の螺旋

それと

他と比べないことを比べる螺旋


何かによって何かは生かされている


対称、一対、鏡、共時性、因果


自分の裁量加減で生きている


競い合うのも、合わないのも

善も悪も

白も黒も

明るいも暗いも

その間で生きている

なので「これだ」とは

言えない

それが対象世界の在り方だとすると

老子の言う「無為自然」「道」

十牛図のラストシーン は

そういうこの世界のルールを無言で語っているのかもしれない


その重さを感じたら


もう断言することから離れはじめているのかもしれない


無言の真実



もし神様がいたら

どちらを向いて

どういう選択をするのか


生活の中で

無言の内に

それを始める

この世の螺旋から少し抜け出せるとしたら

そういうことなのかもしれない


神様はいつもどんな心境で

どんな顔つきで

どんな優しさ、厳しさで・・


来年は、そこから想像して行きたい

と思った。


ん?


はい 。


今日からね(笑)

神の顔つきってムズいねー

「笑い」で終る

それで ○ 。