いつ復旧した?が合言葉になって… | Cherio's Days

いつ復旧した?が合言葉になって…

地震、停電、一部で断水が起きた北海道

先週は、職場も自宅待機となった所も多かったようです。
今週の月曜日からの仕事で、地震のあれこれ以来初めて顔を合わせた人同士では、


「いつ復旧した?」
「停電だけ?それとも停電・断水?」
「食料確保はどうしてた?」


が合言葉のようになり、
月曜日からお互いの状況確認で挨拶が始まっています


しかも北海道は、
地震のきた前の日には、
これまでにもなかなかない程の台風被害にもあっていて、
あちこちの大きな木や電柱が倒れたりなどして、
ダブル被害を受けたのでした

そして私は、
台風の時も地震の時も東京にいたため、
帰ってから目にした札幌市内の被害の爪痕に、
とても驚きました

家族や友人、職場の同僚から
ある程度状況は聴いていても、
自分の目で直接にその被害の有様を見ると、
あまりにも信じられない光景でした


今回の北海道内全てのブラックアウトの復旧は、
とてもバラつきがあり、
例えば市内も、電気がパッチワーク状態で復旧

早い所は地震の起きた日のお昼頃、
6日の午後には復旧していたそうですが、
遅い人だと7日の夜中にやっと復旧 
1日以上のタイムラグがありました

しかも通りを挟んで向こう側は電気が来ているのに、
自分のところは来ていないといった現象があちこちで起こり、
電気の復旧に見通しが立たない状態での
電気復旧格差の、
フラストレーションは相当なものだったようです

どうやら、
病院や避難所の近く、
あるいは地下鉄駅付近の復旧が早かったみたいです


しかも停電だけではなく
断水もあった所も沢山あったり
給水が来ても、
マンションの上階に持って上がるのも大変だったそうで

停電がここまで生活に大打撃を与えるなんて、
本当に想像できなくて。。

スマホも充電できない、
テレビも付かない、インターネットもダウンしている
ラジオから聞こえる情報が頼り、
そんな中で断水が起こる

トイレも使えない
お風呂にも入れない

懐中電灯が頼りなのに、
電池の備蓄がない

冷蔵庫の中のものは傷み、
冷凍庫のものはとけだし、

コンビニは閉まっている、
開いていても陳列棚に食べ物がない

店の電気が消えて、
人の生活しているはずの家やマンションの電気消えて、
倒壊したり、傾いたりしている建物もある



これまで全国で起こった地震災害
被災した方々はどれほどにお辛い思いをされてのだろうと、
義援金に寄付をしたり、
友人知人がいれば物資を送ったりもしましたが、

私は全然、なにもわかってなんていなかったなと、
つくづく思い知らされました


電気だ、水道だの話ではなかった
家を失ったり、
大切な家族を失ったり、
大好きな友人を失ったり、
生まれ育った街に戻れなくなったり

電気だ水だの話ではなかったのですよね

そしてその方々のお辛い、悲しい経験、犠牲から、
私たちは今こうして、
ある程度出来上がって来ているこの国の災害対策の中にいて、
今、被害が最小限に済んでいるのですよね


私たちは本当に弱い
とてもとても弱くて脆い存在であること、
自然の力は、
所詮、人知が及ぶものではない、
いつも想定外の事が起こり得るという事を、
頭に叩き込んでおかなければならない


そして、
日頃からの飲食に関わるもの、
電気がストップした場合の備えをしておく必要性を感じました


今回、
地震後に札幌に帰って来るまで、
そして来た後も、
全国の皆さまに励ましをいただきました

友人からは、
こんな沢山の救援済物資が



果物が買えないとか、
ご飯のおかずになるものとか、
身体が弱っているかもそれないからとマスクとか、
美味しいスイーツが欲しいかもしれないとお菓子や
ワン娘達のためのワンコ用のオヤツとか、
優しさ溢れるお手紙と一緒に送ってくれました

あれこれと、なにが必要かを必死に考えて考えて、
送ってくれたんだろうなと思うと、
嬉しくて涙がでましたえーん







私も友達にとって、
いざという時に、少しでも役立つ、頼れる存在でいたいと思います

札幌市内の物流は、だいぶ良くなって来ましたが、
それでもまだ、乳製品、パンがなかなか買えなかったりします

実りの秋を迎え、
これからどんどんと出荷したい農家さんも、
流通が止まってしまい、一部無駄にしてしまったという話も聞きましたショボーン


でも一定程度、私たちの生活は落ち着いたので、
とにかく被災地の方々、第一に考えないと

余震が早くおさまりますように!