遠い昔、東北を旅していた頃に聞いたお話

 

その話をしてくれた人は明治生まれの老人だった

昭和の初め頃まで東北地方の主な産業って農業ぐらいしかなかった

米に頼った生活では天気次第で飢饉に見舞われることも多い

それも豪雪地帯で生活している人にとっては

ただでさえ収穫のない冬の生活というのは悲惨なものだったらしい

それで冬に家の中でも出来る名産品を作って、

全国に売り出そうと考え出されたのが、東北土産のコケシ人形だ

この人形は大量にある山の木を削って作れる

まさに寒い冬にやる作業としてはうってつけだ

簡素化された人の形に絵の具でちょんちょんと顔を入れれば出来上がる

可愛らしい女の子の顔が書かれたものがコケシ人形のほとんどである

 

何故、コケシ人形の顔が幼い女の子であるのか

その理由をご存じだろうか?

 

天候だけに頼る農業を生業とする農民にとって

東北地方の冬とは、いかようにも厳しく現実を突き詰めてゆくものであった

東北には姥捨て伝説ともう一つ、子供の間引きというのがあった

貧しい農家に必要でない男手以外の女の子は

人買いに売られてゆくか、口減らしのために間引かれるしかなかったのだ

間引かれていった女の子を忍んで

親達が作っていた人型こそがコケシ人形の由来なのだ

 

私にはコケシ人形を可愛いとか言って趣味で集める人の気が知れない

その話を聞くずっと以前から、何か不気味なものをコケシには感じていた

あの取り澄ました無表情や笑顔が不気味だったのだ

その表情が単純であればあるほど、物言わぬ人の圧力を感じるのだ

その話を聞いてからは

生きるという事の怖さや悲惨さや残酷さがいっぱい詰まっているような気がして

なお、いっそうコケシに秘められた人間の業を感じるようになった

 

私はコケシが怖い 

・・・と言えば皆さんは笑うのだろうか

それでは、コケシという字を正式に書いてみよう

 

『子消し』

 

コケシ人形が一つの芸術作品として売り出されたのは

そんなに昔の話じゃないんですよ

本当のことを誰も言わないできれいごとで収めようとしているけど

そこに秘められた悲惨さだけは知ってほしい

親が子供を消してしまうそんな世の中が二度と来ないように

コケシ人形を見る度に願いを込めて思うばかりなり