歌とは何かという話をしたい
どうして私がカラオケが偽物だと言い切るのかを説明する
この辺の違いを明確に説明できる音楽関係者は少ない
なぜなら、彼らは歌の素晴らしさをその歌唱力に求めようとするからだ
だからカラオケで何点取ったなんてバカな歌番組ができる
歌って技術で決められるものではない
むしろ技術で表せないものの中に歌の魅力があるのだ
完璧な歌がいいのなら、機械が作る歌に勝てるわけがない
伴奏にしたって生バンドよりカラオケのほうが上手いに決まっている
わずかなピッチの狂いもないカラオケと
その場の空気で変わる生バンドとその正確さは比べようもない
そういうことを踏まえてゆくと
感情で揺れ動く不完全な人間より、いっそAIにでも歌わせろとなる
それで下記の動画となる(笑)
今回は特に人間味を前面に出さなければ歌えない楽曲を選んだ
これをAIで作りこむのに名人と言われる Maddy Denが挑戦している
ギターは素晴らしくブルジーな音色を出し
歌声は心に突き刺さるような濁声である
編曲は緻密に計算され、独特な感性に裏打ちされたものである
さすがに AIだ 技術力でははるかに原曲を凌駕している
Maddy Denさんのうまいところは
ただの AI音楽に終わらせずに、適度な人間味をスパイスしていることだ
もし、これをどこかのシンガーが出したとしても『上手い』と唸るだろう
技術の最高峰の楽曲との評価は絶対である
何故、私はこれをつまらないというのか?
技術的なものを求め続けた結果
この音楽には人間の持つ弱い部分が少しも無いからである
人間の持つ弱さとは、時に温かみとなって私たちを包んでくれる
それが私が音楽に求めるものの本質なのです
人はより強いものや、より完璧なものを求め続けるけれど
そこに本当の人間は存在しない
あやふやで不確かな存在でしかない私たちが
より完全なものを求めることは決して悪い事ではない
だが、音楽だけは違う
歌とは人間を表現するべきものなのだ
その人の持つ音楽の不確かさや不完全さの中にこそ、人を救うことのできる力がある
ただ技術だけを追い求めても
それで人の魂を震わせることはできない
音楽に古いも新しいもない
歌に上手いも下手もない
ただ、どれだけ魂を震わせるかだけにその真価がある
私は失敗や挫折のなかで何度音楽に助けられたろう
弱い愚かな私を音楽だけは否定しなかった
そのままでいいんだよって、いつも囁いてくれた
迷い彷徨う私達に寄り添うものこそが本当の音楽だと思う
