ブログでは、なるべく楽しいことばかり書こうと思っているので

言おうかどうか迷ったんですけど

最近、老人鬱を患ってましてブログを書くのが絶不調でーす チーンチョキ

 

若い頃から鬱は何度か経験してまして

自分から『鬱なんです』と言えるようになるのは回復の兆しなんです

それでそういう年齢から来る鬱に悩まれている方もいるのじゃないかと

ちょっとブログに書いてみようかと思いました

 

鬱ってある日突然そういう傾向がでてくるんじゃなくて

自分で気づきにくいだけで,前兆になるような気分の時ってあるんですよね

その時に気分を変える事ができるかどうかが大事になる

これが簡単に言ってしまえば、世に言う(気分転換)なんです

知らず知らずのうちに、人は気分を転換をすることで鬱治療をしている訳なんです

 

この気分転換って悩みや苦しみの度合いで案外難しい時がある

本人に自覚があればまだしも

そういうことに気づく余裕がないからこそ苦しむんですよね

苦しい精神状態にあるのに気づかないまま過ごすからこそ

雁字搦めになるという悪循環に陥る

この悪循環に気づいてから気分転換をしようと試みても鬱にはもう遅い

 

 

私も毎日お腹が空けば、何かしら食べてはいたんですけど

何を食べても美味しくはない

ブログを書く気分にもなれない

無気力のまま一日中することもなくだらだらと過ごす

気が付けば、体重が61キロに減っていて

こりゃなんか変だぞってなった訳なんです

生きる気力がないような状態になっていた原因は

考えてみれば、悩みらしい悩みというよりか

漠然とこのまま人生が終わってしまうという悔恨と不安のようなものですかね

 

 

 

 

さぁ、気づいた! じゃどうする?

 

ここは気分転換じゃ手遅れなので別のことで気力を取り戻すしかない

自分の老いや不安を取り除くためには

若い時に夢中になっていたことを

もう一度夢中でやってみるしか方法がないと思った

 

若い頃夢中になっていたものと言えば、セックス?(笑)

もしチャンスがあれば試してみたいけど・・・ガーンはてなマーク

 

 

no! no! no!上差し

 

私の場合は、独身の頃バカになるほど夢中になったのは海での投げ釣り

カッコよく言うとキャスティング専門のキャスター

(超遠投を得意とする投げ釣り師をこう呼ぶ)

私の若い頃には海岸線にサオを出すこういう人達でごった返していたが

今現在、世の中にこういう人達は極僅か

理由は簡単で、若い人たちの間でルアーフィッシングが流行ってきて

後継者が育たなくなった

それと超遠投の醍醐味と言えるカレイが温暖化のため釣れなくなった

今やあんなに釣れていたカレイも幻の魚と呼ばれるようになった

それに餌なしでやるルアーと違って釣り餌も高騰して3,4千円はかかり

釣り場で竿先にピクリとも反応しない幻の魚を5,6時間待ち続けるカレイ釣り

釣れるのは1シーズンに一匹あるかないか

こんなバカなことを続けられる人はそう多くはない(笑)

泣く泣く老いとともに引退してゆくキャスターが大部分の中で

私はもう一度このカレイキャスティングの世界に帰ってゆく決心をしたのです

 

 

 

なんで鬱から魚釣りの話になったの?

って思っていらっしゃるかもしれませんが

これを決心するにあたって自分に課したことがあります

 

まず、絶対にあきらめない事

そのためには現状の中で自分には何が出来るのかを一生懸命に考える

そして時間いっぱい海を見、空を見、星を見、朝日を見る事

そこで出会った釣り場の人達と打ち解けて釣り談義をすることなどを心がけた

 

このことの意味がわかりますか?

 

何かに夢中になるってそういう事でしょう

気分転換って目の前の重苦しいものから逃げるためだけでは

本当の気分転換にはならない

そこに夢中で入り込まなければ、何も変える事は出来ない

 

あなたも目の前の現実から逃げてるだけでしょうって思うかもしれないけど

人生には乗り越えれない壁っていっぱいある

何もそこを無理して乗り越えなくてもいいじゃないか

ちょっと視点を変えて、

馬鹿なことや無理と言われることに挑戦することで

人は気力を取り戻すもんだと私は思っている

 

たかが人生、どう転ぼうと躓こうと大した違いはない

乗り越えようとしなければ、それは壁でも何でもなくなる

それを自分の使命みたいに乗り越える事ばかりを考えるのは止めようよ

病気になってまで乗り越える価値なんてそこにはない

 

現状の中で夢中になれるものを探す一生で結構だ

どんなに人から見たらつまらないものだろうと

自分の中に生きる気力さえ生まれれば、それで十分だ

カレイが幻の魚であるように、

私は幻ばかりを追いかけてこの先も生きてゆく