ははっ
またリブログをしようと試みたんですけど
どうも他人の目が気になる
わざわざ過去ログまで行ってもらえるか不安なの
実は気の小さい気の弱い人間なの(笑)
それで一年前に書いた
『何故生まれてきたの』ってテーマのブログだったんだけど
前フリで書いた記事が、これまたいいのよ
起承転結の起の部分だけだけど
これだけで十分記事になる
そうそう なるぅ?
なりそう?
なればいいなぁ
うまくいけばなるかなぁ~
みんなにまた読んでもらえるかなぁ~
えーい![]()
謙虚なふりするのはやめじゃ
絶対面白いから読んでね!![]()
私、自称日本一面白い作家
金 玉男 だからね
これ、一部の人しか分からないだろうけど
おちょくりギャグだから・・・
ハハハッ
本気で言ってるやつは馬の糞踏んで
豆腐の角で出血してるからね
はぁ~![]()
普通にReブログすればいいものを
他人の眼が気になるからとReメイクしてRe記事するとは
この人、本当に残念な人だわ トホホ(´・ω・`)
Re記事 副題
答えは作るもの
世の中でみんなが当たり前だと考えているものの中で
一番認識を間違えていることは、人生に正解を求めようとすることです
学校教育のもっとも悪いところはテストを作ったところだと考えています
これがすべての間違いの始まりだった
一つの質問に一つの答えがあって
その正解をみんなに求めさそうとしたことです
一つの答えというゴールを作って人を選り分けようとしたことです
大事なのはその過程であるとか
答えがたくさんあったり、変化したりするものだとは教えず
その正解をみんなに求めさそうとしたことです
一つの答えというゴールを作って人を選り分けようとしたことです
大事なのはその過程であるとか
答えがたくさんあったり、変化したりするものだとは教えず
テストという一問一答形式をゴールにしてしまった
これにより深く物事を突き詰めない人を作り
画一的な世の中を作ってしまっている
一問一答形式の答えを基準に物事を考えると
答えのないことが当たり前だったり
複数の答えから複数の選択をしたり
間違った選択をすることが答えだったり
選択しないことがすなわち答えだったりする
人生の答えなんかでてこない
当たり前だ!
人生がテスト用紙のように薄っぺらい訳がない
複数の答えから複数の選択をしたり
間違った選択をすることが答えだったり
選択しないことがすなわち答えだったりする
一つの正解を探すより
自分だけの答えを探さなければ意味がない
学校教育を疑わなかった人たちは、この落とし穴に落ちる
人生に一つの正解を求めて彷徨うことになる
そして自分の間違った選択に×を付け続けるという暗い十字架を背負いこむ
×を付けた時点でそれは×になっただけ
テストの採点ならそれですべては終わる
でも人生では答えは×でも常に変化させれる
生きてゆく中で挽回はできる
自分で良き修正をかければいいだけの話
それは死ぬまで続けることができる
正解を求めなければチャンスは何度でもある
取り返しのつかない事実は消すことはできないが
別の答えは作れる
間違えても答えをどんどん作ればいいだけだ
正解がないと知れば、間違いもないと分かる
それが分かったからと言って
悩み 苦しみ、迷いから解放される訳じゃない
それが分かったからと言って
悩み 苦しみ、迷いから解放される訳じゃない
人は人生の迷路の中で生涯悩み苦しみ続ける
でも、行き止まりなんてどこにもない
歩いている限り何処かへ行きつく
では、先に進むために
まずはこの正解という落とし穴から這い出すことから始めましょう!
