過去、家出歴が3回ある

まあ、前科はつかないだろうけど

警察のご厄介になったことはある

 

一度目は18歳の夏

高校三年生で進路選択の時だった

 

大学に進学したいとの希望を親に伝えた

 

父の意見は明快だった

『勉強の嫌いなものが大学へ行く必要がない』

明らかな正論ではあるが

果たして勉強が好きで

大学へ進学するものが何人いるのだろう?

他の方がどういう理由で進学するのかは

どうでもいいことだけど

私には理由のようなものがあった

学歴などではない

他人に話せば甘ったれたガキと思われるだろう

 

それは都会に出て 世の中をじっと見て

考えるだけ、感じるだけ、の時間を経験するという事だった

このままでは自分が何者かもわからず

社会の歯車の一つとして

日曜日だけを待つ生活が始まるように思えた

もちろん大学で勉強など、先からする気などない

 

ここでひとつ言い訳をさせてもらうと

劣等生と自分でよく言うが本当はそこそこ出来た

優秀な兄姉を前に劣等感の塊だったという話だ

 

 

まあ、そんなことを話したところで

誰も認めてはくれないだろう

だから、私の進学の理由は

『勉強が嫌いな理由を勉強したい』だった

何とか屁理屈で大人達を丸め込もうとしたのだが

ここに母親が立ちはだかった

 

『就職すれば、新車で好きな車を買ってやる』

 

この迂闊な一言で私は完全に切れた

 

確かに進学にはお金もかかるし

働きたくないという私の怠け心もあるが

 

でも、人の人生何だと思っているんだ

 

最初から親の都合で進学できないと言われたら

仕方ないと諦めたと思う

経済的な事や将来の展望について

話されれば従わざるを得ない

 

でも、私の自尊心をこれほど侮辱した言葉はなかった

 

その場で貯金の3万円と毛布を担いで

「こんな家、二度と戻るか!」

啖呵を切って家を出た

 

ママチャリに毛布を積み

ただひたすらにペダルを漕いだ

気が付けば隣町の繁華街まで60kmの道のりを走っていた

車でも二時間余りの距離だった

その時の自転車から見た景色と

鎖を解き放ったような快感は今も心にある

何ともいえぬ決意に漲っていた

 

その後

繁華街では道行く他人の目が気になり

暗い映画館で時間をやり過ごした

その時見た映画の題名は覚えている

『パピオン』

ダスティンホフマン主演の

離れ孤島に収監された囚人が

自由を夢見て脱獄する話だ

別に選んでそれを見たわけじゃないけど

後になって考えるとよくできた話だ

 

それから映画が終わり

小さな中華料理店にはいった

遅い晩飯を食べながら店主と、よもやま話をした

こちらの様子に興味を持ってくれたので

事の経緯を話しながら

ここで雇ってもらうことは可能かと聞いた

 

冗談交じりに、警察を呼ぶぞとたしなめられた

 

帰りにくいのなら家に電話してやってもよいぞ

とまで言ってくれたが、、それは断った

店を出るときに店主はなぜか握手を求めてきた

その意味は分からなかったが、

手の力の強さに熱いものがこみあげていた

高校生が突然雇ってくれと言って

雇ってくれるほど世の中は甘くない

 

 

 

それで行く当てもなく、また自転車を漕いだが

いつの間にかもと来た道を帰っていた

 

深夜遅く友人の家を訪ねることになってしまった

彼は親とは違う離れの家に住んでいた

玄関を開けるとすぐに私を招き入れ

『学校からお前の行く先知らんか』

って電話があったとそれだけ言うと

後は一言も聞かずに布団の用意をしてくれた

 

私はその布団に包まり眠った

明け方に一度目覚めて、

横で眠る友人の顔を見て涙がこぼれた

 

三日目の朝

たぶん友人が親と相談したのだろう

私の実家から母が迎えに来た

 

ぽろぽろ涙を流す母親を見て、

素直に帰宅することにした

家を出た後の親のパニックは

十分に予測はついていた

それを有難いとも思わず

この親不孝息子は何の反省もなく

まだ誰も許してはいなかった

 

本当は親の後について帰った

甘ちゃんの自分が一番許せなかった

 

 

この後、家に帰っても

進路についての話し合いは何もされなかった

ただ私が駄々をこねたで終わろうとしていた

子供の気まぐれはいつか収まるだろうと・・・

 

それにまたしても腹を立てた私は

とことん意地になり

大学進学を押し通してしまった

 

批判があることはよく知っている

どれだけ苦労をかけたも知っている

自分が我儘なのかも承知している

 

 

 

大学に行き

勉強もせずに自分のしたいことだけをした

片っ端から本を読み

恋人とデートし

将来の事や卒業など考えもせず

リミッターを全て外して思い切り人生を放浪した

 

この自分勝手な4年間が

現在の私を作ってくれたことは間違いない事実だ

 

 

 

たったの3日間

それは

私が私であるための家出(前科)だった

 

 

 

 

 今回前科一犯はこれで終わる

  引き続き折に触れ、後の前科も告白してゆきます