最近話題になった動画に

安芸高田市定例議会の石丸市長の答弁というのがある

何故、こんな堅苦しいものが高再生されているのかに興味を持った

それで政治に無関心な私ですけど、見てみた

エンタメでも演出でもないガチンコの市議会風景ですけど、

その構図が案外面白かった

皆さん真面目に市政というものに取り組んでおられるのだろうけど

市丸市長の頭の良さと年配の議員さんの頭の悪さが際立って見えた

どういうことかというと、物事をよく考えた人と少しだけ考えた人との対比だ

これって一般社会でいうと、一番揉めるパターンですよね

だって上辺だけしか捉えてない人ほど、その上辺に執着し

深く物事を考えようとする思考を阻害する

 

それで難しい政治の話や質疑の是非は置いといて、

この動画を見た感想として、頭がいいとはどういうことかを考えてみたい

もちろん石丸市長は京大卒のエリートではあるが、

真摯に市政のことを考えておられるからこそ、

年配議員さんと激しい討論になるのだと思う

これは石丸市長の若さや性格の問題ではない

一般の感覚で見れば、京大卒のエリートが

上から目線でボンクラ議員を言い任せているように見える

それも石丸市長の責任ではない

何故なら、そこは討論の席であり、物事を深く考えなければならない場だからである

 

頭の良い悪いは記憶力や知識量ではなく

物事を深く考えられるかどうかだと私は思っている

考えるということは人間なら誰にでも備わっている能力だけど

案外、深く考えるというところまで行っていない

まあ、大体の人の思考は浅いところで留まってしまう

この構図に政治の場が加わると新たな悲劇が起こる

誠実とか勤勉だとかを政治家の資質に挙げられるが

そんな見せかけだけでどうにでもなるものは本当にどうでもいいのだ

そんなことを基準にしていれば、政治は愚かさしか生まなくなる

頭の悪い人は政治家になるべきではないというのが私の持論なのだ

 

市議会の答弁が噛み合わない理由はただひとつ

常識や体面に囚われて物事を深く考えられない頭の硬さが原因である

ちょっと考えた人と深く考えた人の会話はいつも不毛なのである

 

じゃ、この「深く考える」とは具体的にはどういうことを指すのか?

 

英語でロジカルシンキング、日本語で論理的思考のことを云う

論理的思考とは

物事の因果関係や根拠を明確にし、客観的かつ合理的に考えるための思考法です

物事の本質や正解を求めるために必要なものと捉えてもよいと思います

 

人間って物事の真実や正解を求めたがる生き物なのです

何故なら「人間は考える葦」だからです

もし、政治家の資質として大事なものを一つ上げるなら

それは「論理的思考」ができるかどうかだと私は思います

会議とはロジカルシンキングタイムであり、

会議で物事の本質を突き詰めてゆくことで、政治は適切な政策を生む

見せかけの誠実さや真面目さを武器に戦う場ではない

この感覚のズレが若い市長と年配議員の衝突の原因になっている

 

動画の中で、何度も市長に向けて「口の利き方に気を付けてください」と

年配の議員が発言するが、

市長の激しい口調は市政に対する情熱の表れであり

そんな表面上の常識にこだわるより、

市長の話の内容をくみ取れない議員の頭のほうが問題なのだ

物事の真実について考えない人に限って、それを知ったかぶりをする

その根拠となるものは、古い価値観だったり、古い常識なのだ

それって全部自分で考えたものじゃないでしょう

論理的思考より、そんなものを後生大事にして恥ずかしくないですか

政治家に限らず、古い価値観や古い常識にこだわる人って多いと思いませんか?

若い人に向かって偉そうに、

自分は人生経験が豊富なのだマウントを取りたがるが

自分の頭で考えて行動しなければ、それはたいした経験ではない

そんな人が常識や規範を盾に論理的思考と戦おうとしても無理なのである

世の中ではこれらを指して(老害)と呼ぶ(笑)