副題:私の履歴書
著者:本田宗一郎
発行:日経ビジネス人文庫
世界のHONDAの創業者、本田宗一郎が日経新聞の人気コラム「私の履歴書」に記したものを中心に綴った自叙伝であり、偉人伝でもあります。
目次
はじめに
第1部 私の履歴書
第2部 履歴書その後(1962年-1991年)
第3部 本田宗一郎語録
おわりに
本田宗一郎年譜
本田氏がアメリカに進出した1959年に語った言葉が印象的です。
同じく海外に出て働く者として、身にしみる言葉です。
90頁から引用します。
(ココカラ)
米国に行って米国人なみの給料が払えないようじゃ商売はできない。(中略)日本人を連れて行ってジャパニーズ・タウンを作るのもいけない。米国に進出する以上、その土地の人を使って、かの地から喜んでもらうようにするべきだ。
(ココマデ)
補足すると、この時本田氏は日本人社員を連れていくことに反対したのだそうです。この時代、まだ日本人社員のほうが給与が安く、経済的にもそのほうがよかったにも関わらず、本田氏はこのように述べられたのです。
さらに、1961年当時の西ドイツに続いてベルギーに進出した時の本田氏の言葉です。
92頁から引用します。
(ココカラ)
いったいベルギーに工場を建てるのはベルギーのかねを日本に持ってくるためだろうか。そんなケチな了見ではベルギーの人たちにきらわれ海外企業は成功しない。現地に工場を建てたからにはまずその土地の人を富ます方法を考えねばならぬ。
(ココマデ)
今の中国や、世界の他の地域に進出している経営者の中に、己だけが儲けるために、安い労働力を求めている方がどれほどいらっしゃるのでしょうか。
他人事ではなく。
わが工場もきっとその目的で立っていることを考えると、恥ずかしい気持ちになります。
本田技研が世界のホンダになったのは、経営者である本田氏の哲学があったこそであり、それを共有した仲間がいたからなのでしょう。
久々に心が熱くなる本に出会いました。
実はまだ3分の1しか読んでいないのですが、この続きは、本を読んでみたいと思ってくださった方に託します。
だって全部読んでしまうと、全文引用したくなる本だからです。
本田宗一郎氏は、日本が生んだヒーローですね。
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5月9日、全部読み終えました。
生かして頂いて、ありがとう御座います。
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